時を刻む唄/重音テト|二音一幕、最初の一幕
声とピアノだけで、ひとつの物語を描く。
二音一幕の最初の一曲として選んだのは、Liaさんの「時を刻む唄」でした。
『CLANNAD 〜AFTER STORY〜』で使われたこの曲から、私が感じていたものは、単純な悲しさだけではありません。
時間、記憶、喪失、愛情、回想。
そして、その先にある祈りのようなもの。
これを声とピアノだけで描くなら、誰に歌ってもらうのがいいだろう。
二音一幕、最初の一幕を託したのは、重音テトさんでした。
なぜ「時を刻む唄」を重音テトに託したのか
二音一幕では、特定の歌声だけを使うとは決めていません。
原曲を聴き、歌詞を読み、その曲から何を感じたのかを考える。
そして最後に、
「この物語なら、誰に歌ってほしいだろう」
と考えて歌声を選んでいます。
「時を刻む唄」で欲しかったのは、感情を強くぶつけるような歌声ではありませんでした。
過ぎていった時間を静かに振り返るような儚さ。
失ったものを想いながら、それでも大切に抱えているような響き。
どこか少女の祈りにも似た幻想的な雰囲気。
それが、この曲ではテトさんの声に一番よく合うと感じました。
同じ曲でも、桜乃そらさんなら包み込むような優しさや慈愛が強くなり、宮舞モカさんなら、もう少し現実的で大人びた切なさになると思います。
弦巻マキさんなら若さが前へ出て、フリモメンさんなら、見えてくる物語そのものが大きく変わるでしょう。
どれが正解というわけではありません。
今回、私が「時を刻む唄」から感じた物語に最も近かった。
それが重音テトさんでした。
Mellowを中心に作った、静かなテト
今回のボーカルスタイルは、次のように設定しました。
| 項目 | 設定 |
|---|---|
| Power | 5% |
| Mellow | 70% |
| Low | 15% |
| Breath | +0.3 |
中心にしたのは、Mellow 70%です。
力強く前へ出るよりも、少し落ち着いた声で、時間や記憶をたどるように歌ってほしい。
そのためPowerは5%に抑え、Lowを15%、さらにBreathを+0.3加えています。
最初からこの数字を目標にしたわけではありません。
曲を聴きながら、
「今回のテトさんには、どういう声でそこにいてほしいのか」
を探した結果、この組み合わせになりました。
歌詞どおりではなく、「歌っているように」
Synthesizer Vは、歌詞を入力するだけでも歌ってくれます。
ただ、文章として正しい発音と、歌として自然に聞こえる発音は、必ずしも同じではありません。
そこで「時を刻む唄」でも、いくつかの音素を調整しました。
似た調整をすべて紹介すると同じ話が続いてしまうので、ここでは考え方が分かりやすい二か所だけ紹介します。
「っ」で歌を止めない
一つ目は、「すぎさった」という部分です。
「っ」だけでノートを用意すると、ほとんど無音のようになり、そこで歌声が一度途切れたように感じました。
そこで、次の「さ」に含まれる母音 a を前へ引っ張っています。

「っ」で一度止まり、改めて「さ」と発音するのではなく、前後の音が流れるようにつながっていく。
そんな歌い方を狙った調整です。
「もう春なのに」を「もー春なのに」へ
もう一つは、
「~続く、もう春なのに」
というフレーズです。
「もう」をそのまま発音させると、「も・う・はるなのに」と一つひとつの言葉を説明しているように聞こえ、欲しかった流れが少し失われました。
そこで、「もう」の oを長く、uを短くしています。

完全に「う」を消しているわけではありません。
耳には、
「もー春なのに」
と聞こえるくらいのイメージです。
「う」の要素をわずかに残しながら、そのまま「春なのに」へ流れていくようにしました。
ほかにも数か所で音素を調整していますが、基本にある考え方は同じです。
歌詞を正確に読ませることよりも、その言葉をどう歌ってほしいのか。
文字ではなく、実際に聞こえてくる歌を基準にしています。
ピアノと歌声だけで作る空間
伴奏はピアノだけです。
テンポは 139 BPM。
定位はピアノを左右へL65/R65、テトさんの歌声を中央に置いています。
楽器をいくつも重ねて空間を埋めることはしません。
左右へ広がるピアノ。
その中央に歌声。
二つの音だけで、一つの空間を作ります。
リバーブも、大きなホールのような響きにはしていません。
小さめのRoomを基本に、反響は控えめにしています。また、完全に左右対称な空間にはせず、わずかな非対称性を持たせています。
きれいすぎる仮想空間ではなく、少しだけ現実の部屋らしさが残る場所。
その中でピアノと歌声が一緒に鳴っているような距離感を目指しました。
制作中に聞こえた「ピーピー」という音
ピアノの音作りでは、一つ気になることがありました。
演奏を聴いていると、どこからか「ピーピー」とした高い音が聞こえる。
最初は高域側に原因があるのではないかと考え、EQやリバーブなどを調整していました。
ところが、なかなか思うように改善しません。
そこで改めて確認したのが、ピアノの低音とLC(ローカット)の関係でした。
この曲で使われているピアノの最も低い音は G0。
必要な低音まで削らないように見直し、最終的にLCは30Hz・12dB/Octに設定しました。
すると、それまで気になっていた「ピーピー」という音が改善しました。
高い音が気になったから、高い音を削る。
一見すると、それで解決できそうです。
しかし実際には、低音側の土台を見直すことで、それまで目立って聞こえていた高い成分がピアノ全体の響きの中へ収まっていきました。
このときの試行錯誤と、そこから考えるようになったLCの設定については、別の記事で詳しくまとめています。

ほかのEQについても細かな調整はしていますが、作品記事では数値をすべて並べるより、「何をしたかったのか」を残しておこうと思います。
ピアノでは低域から中低域の濁りを少し整理し、必要な輪郭をわずかに整える。
テトさんの声では不要な低域を整理しながら、声の存在感と明るさを少し整える。
EQそのものを聞かせるのではなく、ピアノと歌声を一緒に聞いたときに自然であることを優先しています。
完成した音を、数字でも確認する
音が完成したら、耳で聴くだけでなく、Youlean Loudness Meterでも確認しています。

「時を刻む唄」の主な測定結果は次のようになりました。
| 項目 | 測定値 |
|---|---|
| Integrated | -16.1 LUFS |
| Loudness Range | 13.3 LU |
| Avg. Dynamics(PLR) | 15.0 LU |
| True Peak Max | -1.0 dB |
ここで、Integratedを特定の数値に揃えることを目的にはしていません。
曲には、静かに聞かせたいところもあれば、大きく盛り上がってほしいところもあります。
「時を刻む唄」も、静かな部分と盛り上がる部分の差がしっかりある曲です。
そのため、曲全体の平均値だけを見るのではなく、静かな部分から盛り上がる部分への変化や、声とピアノの距離感を耳で確認しています。
そのうえで、完成した音がどのくらいの数値になっているのかを見る。
数字を正解にするために音を作るのではなく、耳で作った音を、最後に数字でも確かめる。
Youlean Loudness Meterは、そんな使い方をしています。
今の耳で、第1作を聴き直してみる
ここまでが、「時を刻む唄」を制作していた頃の話です。
ところが、その後も作品を作り続けていると、以前とは違うものが聞こえるようになってきました。
最近、特に意識するようになったのが、ピアノのVelocityです。
Velocityは、単純に音を大きくしたり小さくしたりするだけのものではありません。
打鍵の強さが変われば、ピアノの音色や倍音、共鳴の聞こえ方も変わります。
後の作品を制作しているとき、低音から「ビーン」「ブイン」とも聞こえる、少しギターの弦にも似た響きが気になることがありました。
EQを調整しても、思うように消えない。
そこで問題の音のVelocityを少しずつ下げてみると、その響きが気にならなくなりました。
さらに検証していくうちに、
「そもそも、右手と左手を同じ強さで弾く必要はないのでは?」
と考えるようになりました。
低い音はよく響きます。
そして、二音一幕で作っている曲の場合、低音が力強く土台を支えるよりも、優しく土台を支えてくれる方が似合うこともあります。
もちろん、すべての曲で左手を弱くすればいいわけではありません。
左右が同じでも自然な曲はありますし、低音そのものが重要な曲なら、また考え方は変わります。
大切なのは数値を固定することではなく、
「この曲では、低音にどう支えてほしいのか」
を聞いて決めることなのだと思います。
そして、その耳でもう一度「時を刻む唄」を聴いてみました。
すると、ごく一部の低音に、後になって気づくことになる「ビーン」「ブイン」に近い響きが微かに残っているように感じます。
これは、制作中に改善した「ピーピー」とは別のものです。
再生環境や聞く人によっては、ほとんど気にならない程度かもしれません。
公開した当時の私は、それを問題として認識していませんでした。
「ピーピー」という違和感には気づき、原因を探して改善した。
けれど、その先にある別の低音の響きまでは、まだ聞き分けていなかったのだと思います。
第1作を作ったから、聞こえるようになった
だからといって、「時を刻む唄」を失敗作だったとは思っていません。
制作した当時、自分にできることを使って、本気で完成させた一曲です。
そして、この一曲を作ったから、次の作品を作ることができました。
作品を重ねるうちに、Velocityを細かく見るようになった。
右手と左手を別々に考えるようになった。
小さな倍音や共鳴が気になるようになった。
歌声でも、音素やピッチ、ブレス、声とピアノの距離感など、確認するものが少しずつ増えていきました。
不思議なのは、「時を刻む唄」の音源そのものは何も変わっていないことです。
変わったのは、聴いている自分の方でした。
以前には聞こえなかったものが、今では聞こえる。
そこで気づいたことを、次の一曲へ持っていく。
そして、その作品からまた何かに気づく。
第1作が悪かったのではなく、第1作を作ったからこそ、その後に聞こえるものが増えた。
「時を刻む唄」は、二音一幕にとって最初の一幕です。
これから作品を重ね、もっと時間が経ってからこの曲へ戻ってきたとき。
そのときの自分には、今とはまた違うものが聞こえているのかもしれません。
それも含めて、この最初の一曲を残しておこうと思います。
声とピアノで、ひとつの物語を。
二音一幕