「secret base ~君がくれたもの~」を弦巻マキとピアノで。夏の記憶と青春の瑞々しさを描く一幕
夏が終わっていく寂しさと、いつまでも心に残る思い出。
今回は、ZONEの「secret base ~君がくれたもの~」を、弦巻マキの歌声とピアノでカバーしました。
この曲で大切にしたかったのは、懐かしさだけではありません。
過ぎていく夏を振り返るような切なさを残しながら、思い出の中にある青春の瑞々しさも失わないこと。
その両方を声にしたくて、今回は弦巻マキに歌ってもらいました。
マキの歌声には、明るさの中にすっきりとした透明感があります。重くなりすぎず、それでいて感情を乗せられる声は、この曲が持つ若々しさや夏の空気によく似合うと感じました。
この記事では、そんな歌声を作るためのボーカルスタイルや音素の調整、ピアノのVelocity、EQ、リバーブ、そして完成音源のラウドネスまで、「secret base ~君がくれたもの~」の制作過程を振り返ります。
弦巻マキの歌声:軽やかさの中に感情を残す
今回の弦巻マキには、次のボーカルスタイルを設定しました。
| 項目 | 設定 |
|---|---|
| Adult | 50% |
| Breathy | 10% |
| Power_Pop | 5% |
| Twangy | 40% |
| Whisper | 10% |
| Cute | 15% |
| Breath | +0.35 |
歌唱音域は、B♭3~D♭5です。
Adultを50%としながら、Twangyを40%、Cuteを15%加えています。
大人びた落ち着きだけに寄せるのではなく、声の輪郭や軽やかさも残すことで、「secret base」が持つ青春の瑞々しさを表現しました。
BreathyとWhisperは控えめです。
この曲では、息っぽさを強くして儚さを前面に出すというよりも、すっきりとした歌声の中に自然な柔らかさを加える程度にしています。
Breathは+0.35。
息の存在を完全に消してしまわず、歌声が硬くなりすぎないところを狙いました。
一つの音符の中でも、言葉は均等には進まない
今回の歌唱調整で特徴的だったのが、一つの音符に複数の音素が入る部分の時間配分です。
Synthesizer Vでは、一つのノートの中に複数の文字が入る場合、それぞれの音素に時間が割り当てられます。
しかし、その配分が均等だからといって、必ずしも自然に聞こえるとは限りません。
「ああ」の長さを耳で決める
たとえば、
「ああー 夏休みも あと少しで」
という部分。
この「ああ」は、一つの音符の中に二つの「あ」が入っています。
初期状態では二つの音が比較的均等に配置されますが、そのまま聴くと、少し機械的に感じました。
そこで、音素の境界を動かしながら、自然に「ああ」とつながって聞こえる位置を探しています。

この「ああ」は曲中に4回登場します。
同じ文字が並んでいても、重要なのは「二つだから半分ずつ」と考えることではなく、実際に歌としてどう聞こえるかでした。
「ない」も、毎回同じ比率にはしない
「さよなら せつないよね」などに登場する「ない」も、同じように調整しています。
「ない」は曲中に5回。
一つの音符の中に「な」と「い」が収まる部分では、それぞれにどれだけ時間を与えるかによって、言葉の聞こえ方が変わります。
ここでも「60:40」のような固定した割合は使っていません。
同じ「ない」でも、置かれている音符の長さが違えば、自然に聞こえる境界も変わります。
そのため、5か所それぞれで音素の境界を動かし、実際に聴きながら位置を決めました。

数値を揃えることよりも、言葉として自然に聞こえることを優先しています。
「おう」や促音「っ」も必要な箇所だけ調整
このほか、「おう」のように母音が続く部分や、促音「っ」についても必要に応じて調整しています。
「おう」では隣り合う母音をどうつなぐか。
「っ」では、次の音へ移るまでの閉鎖部分をどれだけ取るか。
そして今回特徴的だった「ああ」や「ない」では、一つの音符として与えられた時間を、複数の音素へどう配分するか。
似たような音素編集に見えても、調整しているものは少しずつ異なります。
すべてに大きく手を加えるのではなく、聴いて違和感を感じた場所だけを調整しました。
強弱と低音の響きを聴きながら
今回のテンポは、67 BPMです。
ピアノの強弱は、mp・mf・fの3段階を中心に作りました。
| 強弱 | 右手Velocity | 左手Velocity |
|---|---|---|
| mp | 72 | 72 |
| mf | 80 | 80 |
| f | 88 | 88 |
今回は、すべて左右同じVelocityです。
特に興味深かったのが、fでも左手を88のまま使えたことでした。
今回は、なぜ左手も88で鳴らせたのか
低いピアノ音を強いVelocityで鳴らすと、打鍵直後の豊かな低音が減衰したあとに、特定の響きだけが長く残って耳につくことがあります。
そのため二音一幕では、低音域を強く鳴らす場合、右手がVelocity 88でも、左手だけ84前後まで下げることがあります。
ところが今回、fを左右とも88で鳴らしても、気になる残響がありませんでした。
制作時にも少し不思議に感じていた部分です。
改めてfの区間で使われている低音を確認してみると、その理由の一つが見えてきました。
fでは、左手が極端な低音域まで下がっていません。
G♭1が3か所だけ短く登場しますが、それ以外の低音は比較的高い位置にあります。
一方で、
- B0
- D♭1
- E♭1
といった、さらに低い音が登場するのはmpやmfの区間です。
つまり今回のピアノは、
強く弾くところでは、低音域が比較的高い。
そして、
非常に低い音を使うところでは、Velocityも72~80と低い。
という組み合わせになっていました。
そのためfでも低域の残響が気にならず、左手を抑えることなくVelocity 88の強さをそのまま使うことができました。
もちろん、「1オクターブなら88で大丈夫」と単純に決められるものではありません。
音符を長く伸ばせば残響が目立つこともありますし、ペダルや周囲の音との重なりによっても聞こえ方は変わります。
今回も音域だけで決めたのではなく、実際に88で鳴らして問題がなかったため、そのまま残したというのが最終的な判断です。
ピアノEQ:低域を整理しながら、明るさを残す
ピアノのEQは次のように設定しました。
| バンド | 周波数 | Gain | Q / Slope |
|---|---|---|---|
| LC | 25 Hz | — | 12 dB/Oct |
| LF Shelf | 110 Hz | -1.5 dB | 6 dB |
| LMF | 240 Hz | -2.5 dB | Q 2.5 |
| MF | 600 Hz | +1.0 dB | Q 1.0 |
| HMF | 2800 Hz | -1.5 dB | Q 1.8 |
| HF Shelf | 6500 Hz | +1.2 dB | 6 dB |
| HC | 16000 Hz | — | 12 dB/Oct |
低域では110Hzを-1.5dB、240Hzを-2.5dBとし、ピアノの下側が膨らみすぎないように整理しています。
600Hzは+1dB。
中域をすべて削ってしまうのではなく、ピアノの存在感を残すための帯域も確保しています。
一方、2800Hzは-1.5dB。高域側では6500HzをShelfで+1.2dBとしました。
低域から中低域を整理しながら、高域にはわずかな明るさを残す構成です。
弦巻マキのEQ:中央に置く声の輪郭を整える
ボーカルEQは次の設定です。
| バンド | 周波数 | Gain | Q / Slope |
|---|---|---|---|
| LC | 85 Hz | — | 24 dB/Oct |
| LF | 160 Hz | +1.2 dB | Q 1.5 |
| LMF | 380 Hz | -1.5 dB | Q 2.0 |
| MF | 1200 Hz | +1.0 dB | Q 1.2 |
| HMF | — | — | — |
| HF Shelf | 8000 Hz | +2.5 dB | 6 dB |
| HC | 18000 Hz | — | 12 dB/Oct |
LCは85Hz。
160Hzを+1.2dBとしながら、380Hzは-1.5dB。1200Hzを+1dBとしています。
高域では8000HzからShelfで+2.5dB。
今回、HMFは使用していません。
すべてのEQバンドを必ず使うのではなく、実際に完成した音に使われている設定を、そのまま制作記録として残しています。
ピアノを広げ、歌声を中央へ
定位とフェーダーは次の設定です。
| パート | Pan | Fader |
|---|---|---|
| Piano L | L65 | 0 dB |
| Piano R | R65 | 0 dB |
| 弦巻マキ | Center | -5 dB |
ピアノは左右へL65/R65まで広げ、歌声は中央です。
歌声のフェーダーは-5dB。
ボーカルをピアノより大きくして前へ出すのではなく、ピアノを左右へ広げ、EQでもそれぞれの音域を整理することで、中央の歌声が自然に聞こえる場所を作っています。
声とピアノのどちらか一方を背景にするのではなく、二つの音が一緒に演奏しているような距離感を目指しました。
リバーブ:残響ではなく、演奏している空間を作る
リバーブは次の設定です。
| セクション | 項目 | 設定 |
|---|---|---|
| Main | Pre | 15 ms |
| Length | 1.00 s | |
| Mix | 1.00 | |
| Room | Type | Room |
| Size | 8.5 m | |
| Width | 1.2 | |
| Height | 0.65 | |
| Character | Population | 0.4 |
| Reflexivity | 0.12 | |
| Dampness | 50.0% | |
| Geometry | Dist | 0.4 m |
| Asym. | +0.15 | |
| Plane | 0.25 | |
| Global | HQ mode | ON |
センド量は、
- ピアノ:-14 dB
- 弦巻マキ:-18.5 dB
です。
ピアノの方を多くリバーブへ送り、歌声は比較的直接音を残しています。
Room Sizeは8.5mですが、Lengthは1.00秒。
空間の広がりを持たせながらも、残響そのものを長く引っ張りすぎない設定です。
二音一幕で作りたいのは、大きなホールの奥から演奏が聞こえてくるような音ではありません。
ヘッドホンやイヤホン、スピーカーで聴いたとき、目の前の空間で声とピアノが演奏されているように感じられること。
残響を聴かせたいのではなく、演奏が行われている空間を感じさせるためにリバーブを使っています。
リミッター:音圧を詰めすぎず、最後の強弱を残す
最終段のリミッターは次の設定です。
| 項目 | 設定 |
|---|---|
| Gain | +5 dB |
| Ceiling | -1 dB |
| Threshold | -1 dB |
| Mode | B |
| Attack | Normal |
| Release | 200 ms |
CeilingとThresholdはともに-1dB。
Gainを+5dBとしていますが、Ceiling付近までピークを押し込むことを目的にはしていません。
ピアノで作ったmp・mf・fの違いや、歌声の抑揚を最後まで残しながら、完成音源としての音量を整えています。
完成音源をラウドネスメーターで確認する
完成後は、Youlean Loudness Meter 2 Proで測定しました。
| 指標 | 測定値 |
|---|---|
| Integrated | -17.4 LUFS |
| Loudness Range(LRA) | 6.7 LU |
| Dynamics(PSR) | 7.9 LU |
| Avg. Dynamics(PLR) | 14.0 LU |
| Momentary Max | -12.0 LUFS |
| Short-Term Max | -14.7 LUFS |
| True Peak Max | -3.4 dBTP |

Integratedは-17.4 LUFS。
True Peak Maxは-3.4 dBTPでした。
リミッターのCeilingは-1dBですが、実際のTrue Peakはそこまで到達していません。
Avg. Dynamics(PLR)は14.0 LU、Loudness Rangeは6.7 LU。
最終的な音量を大きくすることよりも、ピアノと歌声につけた強弱が完成音源にも残っていることを大切にしています。
数値を揃えるのではなく、耳で揃える
今回の「secret base ~君がくれたもの~」を振り返ると、制作のいろいろな場所で同じ考え方が現れていました。
「ああ」は、一つの音符を二つに均等分割しない。
「ない」は、5回すべてを同じ比率にはしない。
ピアノも、普段fで左手を抑えることがあるからといって、今回も機械的にVelocityを下げることはしない。
数値は制作を支える大切な道具ですが、数値そのものを揃えることが目的ではありません。
同じ言葉でも、音符の長さが違えば自然に聞こえる時間配分は変わります。
同じVelocityでも、鳴らす音域や音の長さが違えば響き方は変わります。
だから最後は、一つずつ聴いて決める。
夏の終わりを思わせる懐かしさと、その記憶の中に残っている青春の瑞々しさ。
その二つを、弦巻マキの歌声とピアノで一つの演奏にしました。
声とピアノで、ひとつの物語を。
二音一幕。
🎼 使用楽譜
電子楽譜カノン
「secret base ~君がくれたもの~」楽譜ページ