「たしかなこと」を宮舞モカとピアノで。最初に作り始めた、二番目の一幕
小田和正さんの「たしかなこと」を、宮舞モカさんの歌声とピアノだけでカバーしました。
2026年8月4日に公開した、二音一幕の第2作です。
第1作「時を刻む唄」では重音テトさんに歌ってもらいましたが、今回は宮舞モカさん。
二音一幕では、特定の歌い手に曲を合わせるのではなく、曲から感じたものに合わせて歌い手を選んでいます。
「たしかなこと」で描きたかったのは、大切な人を想う気持ち。
強く訴えかけるというよりも、少し離れたところから、静かに想いを届けるような歌にしたい。
そこで選んだのが、宮舞モカさんでした。
実はこの曲、二音一幕では最初に制作を始めた作品でもあります。
それなのに、公開されたのは第2作。
今回は、そんな少し不思議な順番になった「たしかなこと」の制作の裏側を残していきます。
第2作だけれど、最初に作り始めた曲
二音一幕で最初に公開したのは、重音テトさんによる「時を刻む唄」でした。
そして、その次に公開したのが「たしかなこと」。
しかし、制作を始めた順番は逆です。
最初に手をつけたのは「たしかなこと」でした。
ところが、歌声の細かな調整になかなか納得できず、試行錯誤している間に「時を刻む唄」が先に完成。
結果として、最初に作り始めた作品が、第2作として公開されることになりました。
今までに制作した曲を振り返っても、「たしかなこと」は特に歌声のノートや音素を細かく触った作品です。
宮舞モカさんらしさは残したい。
でも、原曲から感じた歌い回しも大切にしたい。
その二つの間を探していくことになりました。
なぜ「たしかなこと」を宮舞モカに託したのか
優しい歌声にしたい。
それだけなら、二音一幕には他にも候補があります。
しかし、この曲で欲しかったのは、ただ柔らかく包み込むような優しさではありませんでした。
少し落ち着いていて、どこか距離がある。
感情を強く押し出さないけれど、その内側には大切な人への想いがある。
そんな雰囲気が、この曲には似合うように感じました。
宮舞モカさんには、柔らかさだけでなく、少しクールで落ち着いた声の表情があります。
その声なら、こちらから感情を説明しすぎなくても、「たしかなこと」の静かな想いを届けられるのではないか。
そう考えて、今回はモカさんに歌ってもらいました。
第1作では重音テトさん、第2作では宮舞モカさん。
二音一幕で揃えたかったのは、歌い手でも、曲のジャンルでもありません。
声とピアノだけで、その曲から感じた物語を描くこと。
そのため、曲が変われば、舞台に立つ歌い手も変わります。
可愛らしさを抑えて、少しボーイッシュなモカへ
今回のVocal Styleは、次のように設定しました。
| Vocal Style | 設定値 |
|---|---|
| Cute | 20% |
| Soft | 30% |
| Mellow | 30% |
| Cool | 20% |
| Breathy | 15% |
| Breath | +0.3 |
SoftとMellowを中心にしながら、CuteとCoolも20%ずつ。
優しいだけに寄せすぎず、モカさんらしい表情を残すようにしています。
そして、今回の歌声を作るうえでもう一つ大きかったのが、Key Shift -12 semitonesです。
通常のキーで歌ってもらうと、モカさんの声にある可愛らしい成分が、今回欲しかったものより少し強く感じられました。
そこで、思い切って1オクターブ下へ。
狙ったのは、落ち着いていて、少しボーイッシュな雰囲気です。
優しいけれど、甘くなりすぎない。
言葉にすると、「少し格好いい女の子」くらいのイメージでしょうか。
同じ宮舞モカさんでも、設定によって曲の中で担ってもらう役は変わります。
今回は、この声が「たしかなこと」の世界に合うと感じました。
歌詞を入力しただけでは、まだ「歌」にならない
Synthesizer Vは、音符と歌詞を入力すれば歌ってくれます。
それだけでも、かなり自然です。
しかし実際にピアノと合わせて何度も聴いていると、
「ここだけ少し言葉が引っかかる」
「もう少し流れるようにしたい」
「原曲では、こんな聞こえ方ではなかった気がする」
という小さな違和感が出てきます。
「たしかなこと」では、その違和感をかなり細かく追いかけました。
ここからは、実際に行った調整の中から、性格の違うものをいくつか紹介します。
「ほんとう」を「ほんとー」と歌ってもらう
一つ目は、比較的よく使う調整です。
歌詞としては「ほんとう」。
しかし、歌として流れているところで「ほ・ん・と・う」と一つひとつ聞こえてしまうと、少し説明的な歌い方に感じることがあります。
そこで、母音の「o」を長く使い、「う」を強く独立させないように調整。
聞こえ方としては、
「ほんとう」→「ほんとー」
に近づけています。
歌詞として正しい発音を一文字ずつ再現することと、自然な歌として聞こえることは、必ずしも同じではありません。
歌の流れを優先して、母音の長さを変える。
二音一幕では、こうした調整をよく使っています。

「どん」の“ん”が長い。それだけで印象が変わる
もう少し細かな調整もあります。
「どん」という言葉では、最初は「ど」と「ん」をおおよそ1:1になるように配置していました。
ところが実際に聴いてみると、「ん」が少し強い。
鼻音が長く残ることで、私にはわずかに唸っているようにも聞こえました。
そこで「ん」の長さを短くしています。
重要なのは、声だけで決めなかったこと。
「ん」を短くしすぎれば、今度は言葉そのものが不自然になります。
そのためピアノと一緒に再生しながら、
歌として不自然ではなく、それでいて“ん”が残りすぎない場所
を探しました。
ほんの小さな違いですが、一曲を通して聴いたときの自然さは、こうした細かな調整の積み重ねで変わってきます。

「言うこと」が、どうしても違う
今回、特に難航したのが「言うこと」という部分でした。
歌詞どおりに歌ってもらう。
でも、何か違う。
原曲を聴き直すと、私には「ゆうこと」に近い歌い方に聞こえました。
では「ゆうこと」にすればいい。
……と思ったのですが、それでも何か違います。
「なんでだ?」
となりながら音素を足したり、長さを変えたりして試していき、最終的にたどり着いたのが、
「いゆうこと」
でした。
もちろん、日本語として「いゆうこと」と発音させたいわけではありません。
「いう」と「ゆう」のどちらか一方に振り切るのではなく、「い」の要素をごく短く残してから「ゆう」へつなげる。
そうすることで、私が原曲から感じていた歌い回しにようやく近づきました。

ここは、かなり細かなこだわりです。
宮舞モカさんによるカバーなので、原曲とまったく同じ声にすることが目的ではありません。
それでも、原曲を聴いたときに感じた歌い回しや言葉の流れは大切にしたい。
モカさんが歌っていることと、原曲から感じたものを残すこと。
その両方を成立させるために、この作品では音素をかなり細かく調整しました。
何もない場所に、あえて「sil」を置く
今回、もう一つ特徴的だったのが「sil」ノートです。
制作中、1拍以上3拍未満ほどノートを置いていない区間で、ごく小さな、乾いた「プスッ」という音が入ることがありました。
かなり小さな音です。
しかし、一度気づいてしまうと気になります。
そこで今回は、何も入力しない空白のままにするのではなく、「sil」のノートを配置して、意図的に無音を作りました。

これはSynthesizer V全体で必ず発生する現象という意味ではなく、あくまで今回の制作中に遭遇したものです。
原因を深く追いかけるよりも、まず作品の中から違和感をなくす。
そのための方法として、今回はsilを使いました。
ピアノはTempo 80。強弱は三つの基準から
ピアノはTempo 80。
声と同じように、ピアノも強く主張させるのではなく、静かな歌を支えるように演奏させています。
Velocityは、楽譜上の強弱記号に合わせて、
| 強弱 | Velocity |
|---|---|
| mp | 72 |
| mf | 80 |
| f | 88 |
を基準にしました。
この作品を制作した時点では、右手と左手でVelocityの基準値を分けず、同じ値を使用しています。
数字だけを見ると単純ですが、Velocityは単なる音量調整ではありません。
打鍵の強さによってピアノの音色や響き方も変わるため、歌声との距離感を作るうえでも重要な要素になります。
「たしかなこと」では、ピアノが感情を先導するというより、モカさんの歌を静かに支える位置を意識しました。
EQとリバーブ――声とピアノを同じ場所へ
EQについては、細かな設定値をすべて並べるのではなく、作品として必要な範囲で調整しています。
ピアノは低域から中域を軽く整理しながら、高域をわずかに補正。
歌声についても、低域・中域のバランスを整えながら、ピアノと重なったときに自然に聞こえる位置を探しました。
そして、二音一幕で大切にしているのが空間です。
声とピアノが別々の場所で鳴っているのではなく、同じ場所で一人の演者が弾き語っているように聞こえること。
今回は同じRoom Reverbへ送り、
- ピアノ:-16 dB
- 歌声:-18 dB
に設定しました。
パンは歌声を中央、ピアノを左右へ広げています。
細かなリバーブの設定そのものよりも、最終的には「声とピアノが同じ空間にいるように感じられるか」を耳で確認して決めています。
大きくするのではなく、この曲に合う音量へ
完成後は、Youlean Loudness Meter 2で最終的なラウドネスを確認しました。

主な測定結果は、
| 測定項目 | 結果 |
|---|---|
| Integrated | -18.0 LUFS |
| Loudness Range | 7.6 LU |
| Dynamics (PSR) | 10.1 LU |
| Avg. Dynamics (PLR) | 16.3 LU |
| Momentary Max | -11.5 LUFS |
| Short Term Max | -14.0 LUFS |
| True Peak Max | -1.7 dB |
となりました。
二音一幕では、Integratedを特定の数値へ揃えることを目的にはしていません。
YouTubeではラウドネスノーマライゼーションがありますが、「だから-14 LUFSを目指して大きくする」という考え方ではなく、必要以上に大きくなっていないかを確認するための一つの目安として見ています。
静かに歌っている曲を無理に大きくすると、声が必要以上に近く感じられることがあります。
今回描きたかったのは、大切な人への想いを静かに届ける「たしかなこと」。
その距離感を壊してまで、数値を大きくする必要はありません。
-18.0 LUFSでも、他の作品と続けて聴いたときに不自然ではなく、この曲として心地よく聞こえる。
最終的には、そこを大切にしました。
最初に作り始めたからこそ、時間がかかった一幕
「たしかなこと」は、第2作です。
でも、制作を始めたのは第1作より先でした。
宮舞モカさんの声を1オクターブ下げてみる。
「ほんとう」の母音を流してみる。
「どん」の“ん”を少し短くする。
「言うこと」がどうしてもしっくりこなくて、「いゆうこと」まで音素を組み直す。
小さな「プスッ」が気になって、silを置いてみる。
一つひとつは、とても小さな調整です。
聴いている人が、その一つ一つに気づく必要もないと思っています。
むしろ、何も気にならず、一曲として自然に聴いてもらえたなら、それが一番なのかもしれません。
それでも制作する側では、小さな違和感を一つ見つけるたびに、
「なぜ、そう聞こえるんだろう?」
と考えます。
そして、少し動かして、聴く。
違えば戻す。
また動かして、今度はピアノと一緒に聴く。
そんなことを繰り返して、ようやく一つの歌になっていきます。
最初に作り始めたのに、二番目に舞台へ上がることになった「たしかなこと」。
時間がかかった分だけ、二音一幕がこれから歌声とどう向き合っていくのか、その最初の形が詰まった一幕になりました。
声とピアノで、ひとつの物語を。
二音一幕