ピアノの低音は、なぜ強く弾くと響きが気になるのか。Velocityと音域から考える
ピアノの低音を強く鳴らしたとき、低音そのものは豊かに響いているのに、それとは別に、少し高い「ビーン」とした響きが気になることがあります。
二音一幕では、ピアノの強弱をVelocityで作っています。
基本となる数値を決めたうえで、実際の響きを聴きながら一音ずつ調整していくのですが、特に低い音域では、同じfでも左手のVelocityを少し下げることがあります。
たとえば「ガーネット」では、fを右手88、左手84にしました。
ところが「secret base ~君がくれたもの~」では、同じfでも左右とも88のままで問題なく聞こえました。
同じピアノ。同じf。
それなのに、なぜ片方だけ左手を弱くしたのか。
制作後に2曲の譜面を改めて確認してみると、使われている低音域にかなり大きな違いがありました。
今回は「ガーネット」と「secret base」を比較しながら、ピアノの低音とVelocityについて考えてみます。
低音そのものとは別に気になる「ビーン」という響き
低音のVelocityを下げるというと、
「低音が大きすぎるから音量を下げる」
という調整に思えるかもしれません。
もちろん、左右の音量バランスも判断材料のひとつです。
ただ、私が低音を強く鳴らしたときに気になるのは、それだけではありません。
非常に低い音を強いVelocityで鳴らすと、「ボーン」という豊かな低音そのものはしっかり聞こえている一方で、それとは別に、少し高い「ビーン」と感じる響きが耳につくことがあります。
感覚としては、音が減衰していく途中で「ビーン」という響きが目立ってくるようにも聞こえます。
ただし、本当にその成分が少し遅れて発生しているのかは分かりません。
打鍵した瞬間から低音と一緒に鳴っているものの、最初は豊かな低音に紛れて判別しにくく、低音が減衰するにつれて認識しやすくなっている可能性もあります。
そのため、この記事では原因や発生するタイミングについて断定はしません。
制作上重要なのは、
低音そのものは綺麗に鳴っているのに、それとは別の高い響きが気になることがある
という実際の聞こえ方です。
そして曲の中では、その響きが後続する音と重なることで、違和感として耳につくことがあります。
そんなとき、私は低音側のVelocityを少し下げています。
88から84へ。
必要なら82も試す。
fとしての力強さを残しながら、気になる響きが目立たなくなるところを耳で探します。
ローカットを上げすぎたときの「ビーン」とは違う
似たような高い響きは、ピアノのEQを調整しているときにも経験しています。
特にローカット(LC)で低域を削りすぎると、「ビーン」とした高い響きが目立つことがあります。
ただし、今回扱っているものとは、少なくとも私の耳には違って聞こえます。
ローカットを上げすぎた場合は、低音そのものの豊かさが失われ、打鍵した時点から「ビーン」とした音が目立ちます。
それに対して、強いVelocityで非常に低い音を鳴らしたときは、低音そのものもしっかり存在しています。
「ボーン」という低音があり、それとは別に高い響きも気になる。
その高い響きが本当に遅れているのか、それとも減衰するにつれて聞き取りやすくなっているだけなのかは判断できませんが、ローカットを上げすぎたときとは聞こえ方が異なります。
言葉にすると、どちらも「ビーン」。
しかし、同じ原因だとは考えずに調整しています。
ローカットによって低音が痩せたのであれば、EQを見直す。
特定の低音を強く鳴らしたときにだけ気になるのであれば、まずVelocityを確認する。
似た違和感でも、どのように聞こえているのかによって、触る場所を変えています。
ローカットによって低音が痩せたときの聞こえ方については、こちらの記事で詳しくまとめています。

「ガーネット」と「secret base」で、fのVelocityが違った
今回このことを改めて考えるきっかけになったのが、「secret base ~君がくれたもの~」でした。
二音一幕では、ピアノの強弱を作る際に、ある程度の基準となるVelocityを使っています。
「ガーネット」と「secret base」は、その基本値がかなり似ています。
| 作品 | 強弱 | 右手 | 左手 |
|---|---|---|---|
| ガーネット | mp | 72 | 72 |
| ガーネット | mf | 80 | 80 |
| ガーネット | f | 88 | 84 |
| secret base | mp | 72 | 72 |
| secret base | mf | 80 | 80 |
| secret base | f | 88 | 88 |
mpは72。
mfは80。
そしてfは基本的に88。
違うのは、ガーネットのfの左手だけです。
ガーネットでは84まで下げたのに、secret baseでは88のまま使えました。
そこで、実際にそれぞれの強弱でどこまで低い音を使っているのか、譜面を改めて確認しました。
「ガーネット」は、曲を通して0オクターブまで下がる
「ガーネット」の左手は、かなり低い音域まで使っています。
確認した低音を強弱ごとに整理すると、次のようになります。
| 強弱 | Velocity | 確認した低い音 |
|---|---|---|
| mp | 72 | G0、A♭0、B♭0 |
| mf | 80 | A♭0、D1、E♭1 |
| f | 84 | B♭0、D1 |
mpではG0まで下がります。
mfでもA♭0。
そしてfでもB♭0が登場します。
つまり「ガーネット」は、弱いところだけ極端に低い音を使っているわけではありません。
曲を通して0オクターブの低音が使われ、fでもB♭0まで下がります。
この作品では、低い音を強く鳴らしたときの響きを聴きながら、fの左手だけ88から84へ下げました。
右手まで弱くする必要はなかったため、右手は88のままです。
ここで、
fなら左手は84
というルールを作ったわけではありません。
あくまで「ガーネット」を実際に鳴らした結果、左手84が自然だったということです。
そして次の作品では、その値を変える必要がありませんでした。

「secret base」は、fになると低音域が上がる
「secret base ~君がくれたもの~」では、
- mp:72
- mf:80
- f:88
を左右共通で使用しました。
この曲にも低い音はあります。
B0、D♭1、E♭1といった音が登場します。
ただし、それらが使われているのはmpやmfの区間です。
一方、Velocity 88で鳴らすfでは、最低音として確認できるG♭1は短い音として3か所登場する程度で、主な低音はB1付近になります。
つまり「secret base」では、
低い音域まで下がるところではVelocityが72~80。
そして、
Velocity 88で強く鳴らすところでは、ガーネットほど低い音域まで下がらない。
という構成になっていました。

2曲を並べると、違いが見えてくる
ガーネットとsecret baseは、基本となるVelocityがほぼ同じです。
しかし、fで使われる低音域には違いがあります。
ガーネット
f:右88/左84
最低音:B♭0
次に低い音:D1
secret base
f:右88/左88
最低音:G♭1(短く3か所)
主な低音:B1付近
ガーネットの方が、明らかに低い音域まで使っています。
しかもガーネットではmpでG0、mfでもA♭0が登場するため、曲全体として見てもsecret baseより深い低音域を使用しています。
制作するときに、この比較を先に行ってVelocityを決めたわけではありません。
ガーネットでは、実際に聴いて84にした。
secret baseでは、88で鳴らしてみたら問題なかった。
耳で決めた結果が先にあり、あとから譜面を比較してみると、音域にも違いがあった。
今回面白かったのは、この順番です。
少なくともこの2作品については、fで使用する低音域と、実際に必要になったVelocity調整との間に、ひとつの整合性が見えてきました。
ただし、まだ2作品の比較です。
これだけで、
「0オクターブなら84、1オクターブなら88」
という法則にはしません。
0オクターブに入ったら、一度Velocityを疑ってみる
それでも、今後の制作で使える目安はできました。
0オクターブ付近の低音を強く鳴らすときは、Velocityを一度確認する。
まず普段の基準値で鳴らします。
fなら88。
綺麗なら、そのまま88を使う。
低音とは別の高い響きが気になるなら84を試す。
まだ気になるなら82も候補にする。
重要なのは、最初から数字を決めてしまわないことです。
0オクターブだから84。
1オクターブだから88。
そのような固定ルールにはしません。
あくまで、
「かなり低い音を強く鳴らしているなら、いつもより注意して聴く」
ための目安です。
なお、オクターブ番号はDAWや音源によって表記が異なる場合があります。この記事では、二音一幕の制作環境で表示されている音名を基準にしています。
1オクターブでも、音の長さによっては変わるかもしれない
secret baseでは、G♭1をVelocity 88で鳴らしても問題ありませんでした。
では、1オクターブなら常に88で大丈夫なのか。
そこも、まだ決めつけないようにしています。
今回のG♭1は短い音で、登場するのも3か所です。
もし同じG♭1でも長い音符だったら。
ペダルで長く保持されていたら。
あるいは、その上に別の音が次々と重なっていったら。
聞こえ方が変わる可能性があります。
低音の扱いは、音程だけでは決まりません。
- 音の高さ
- Velocity
- 音符の長さ
- ペダルによる保持
- 前後の音との重なり
こうした条件が組み合わさって、最終的な響きになります。
だから、音名とVelocityだけの対応表を作るよりも、
低いほど注意する。
強いほど注意する。
長く響くなら、その消え方まで聴く。
という考え方の方が、実際の制作では使いやすいと感じています。
Velocityは、単なる音量の数字ではない
MIDIのVelocityは、一見すると音量を決める数字のように見えます。
しかしピアノ音源では、Velocityを変えることで、単純な音量だけでなく打鍵したときの音色や響き方も変化します。
だから、
f=88
と入力しただけでは、調整は終わりません。
必要なのは、
fとして聞こえる力強さを残しながら、その後の響きまで自然かどうか。
88で問題なければ88。
気になるなら84。
必要なら82。
数値を変えた結果、今度はfとして弱くなってしまうのであれば、別の方法も考えます。
Velocityは強弱記号を数字へ置き換えるためだけではなく、演奏そのものの聞こえ方を整えるための要素として使っています。
EQで削るか、Velocityで整えるか
低音が気になるなら、EQで削る方法もあります。
実際、二音一幕でもピアノ全体の低域を整理するためにEQを使用しています。
ただし、特定の低い音を強く鳴らしたときだけ違和感が出るのであれば、まずその音のVelocityを確認します。
EQを動かせば、その周波数帯を使っているほかの音にも影響します。
一方、Velocityなら、気になっている演奏そのものを調整できます。
そのため私の中では、
演奏として気になる → Velocityを確認する
音色全体のバランスが気になる → EQを確認する
という切り分けがあります。
そして、ここでも「ビーン」という聞こえ方の違いが判断材料になります。
ローカットを上げすぎたことで、低音そのものが痩せて打鍵直後から高い響きが目立つなら、EQを疑う。
低音自体は豊かに鳴っているのに、強く打鍵したときだけ別の高い響きが気になるなら、Velocityも疑う。
似たような違和感でも、どう聞こえているのかを確認してから、触る場所を決めます。
低音の違和感に対して、実際にEQではなくVelocityを調整した経緯については、こちらの記事で詳しく紹介しています。

数値を揃えるのではなく、耳で揃える
ガーネットとsecret baseは、どちらも、
mp=72
mf=80
f=88
を基本にしています。
それでもガーネットでは、fの左手だけ84になりました。
secret baseでは88のままです。
数字だけを見ると、設定が揃っていません。
しかし私が揃えたいのは、数字ではありません。
その曲の中で、強弱が自然に聞こえること。
ガーネットではfでもB♭0まで下がる。
secret baseではfになると低音域が比較的高くなる。
同じピアノ音源、同じfでも、使われる音域が違えば響きも変わります。
そして音域だけでなく、音符の長さや前後の音、ペダルなどによっても聞こえ方は変わります。
だから数値は、答えではなく出発点です。
まず鳴らす。
打鍵した瞬間だけでなく、その音がどのように響き、どのように消えていくのかまで聴く。
気になる響きがあれば、その原因になりそうな場所を探して調整する。
必要がなければ、触らない。
今回のsecret baseで左手を88のまま使えたことから、過去に制作したガーネットとの違いを改めて確認することになりました。
そして譜面を見直してみると、実際に使われている低音域にも違いがありました。
耳で感じた違いを、あとから数値や譜面で確かめる。
それもまた、制作を続ける中で少しずつ積み重なっていく発見なのだと思います。
声とピアノで、ひとつの物語を。
二音一幕。