作品の裏側

「もしもピアノが弾けたなら」をフリモメンとピアノで。低く、優しく、弾き語る一幕

KOSHIKA

西田敏行さんの「もしもピアノが弾けたなら」を、フリモメンさんの歌声とピアノでカバーしました。

今回目指したのは、歌声を大きく前へ押し出したボーカル曲ではありません。

ピアノがしっかりと鳴っている。

そのピアノの前に一人の男性が座り、少し控えめに歌っている。

そんな、実際にその場で弾き語っているような距離感を作りたいと考えました。

ところが、いざフリモメンさんに歌ってもらうと、一つ大きな問題がありました。

そのままでは、声が高い。

そこで今回は、楽譜上の音域はそのままに、実際に歌う高さを丸ごと1オクターブ下げています。

歌声の高さから、声質、ピアノとの音量差、EQ、空間の響きまで。

フリモメンさんが自然にピアノの前へ座る場所を探していった「もしもピアノが弾けたなら」の制作を振り返ります。


楽譜どおりに入力すると、フリモメンさんには高かった

今回使用した楽譜で、歌の音域はA3~E5でした。

まずは、そのままSynthesizer Vへ入力します。

しかし実際にフリモメンさんへ歌ってもらうと、今回作りたい歌声としては高く感じました。

フリモメンさんの持つ、落ち着いた男性らしい声をもっと活かしたい。

そこで使用したのが、Synthesizer VのKey Shiftです。

今回は、

Key Shift:-12 semitones

に設定しました。

12半音、つまり1オクターブ下です。

入力されているノートそのものはA3~E5のままですが、実際に歌わせる音域は、

A2~E4

となります。

楽譜を見ればA3~E5。

Synthesizer V上でも、ノートはその高さに並んでいる。

しかし、実際に聞こえてくるフリモメンさんの歌声はA2~E4。

今回はこの1オクターブの違いによって、求めていた落ち着いた歌声へ近づけています。


Softmenを中心に、柔らかな男性声を作る

歌う高さを決めたら、次は声質です。

今回のボーカルスタイルは、

  • Gentlemen:10%
  • Softmen:50%
  • Clearmen:40%
  • Silkymen:20%

としました。

さらに、ブレスパラメーターは**+0.45**です。

中心となっているのはSoftmen。

低い音域を使うからといって、重く、強く、迫力のある男性声を作りたいわけではありません。

今回欲しかったのは、もっと柔らかな声でした。

一方で、柔らかさだけに寄せてしまうと、言葉の輪郭まで曖昧になってしまいます。

そこでClearmenも40%加えています。

低く、柔らかい。
でも、言葉はきちんと届く。

そんなバランスを探した結果です。


音素調整は、定番の「お」と「う」

今回、音素に特殊な加工を大量に施したわけではありません。

行っているのは、二音一幕では定番になっている「お」と「う」の調整です。

たとえば「ろう」のように語尾を伸ばす言葉。

そのまま歌わせると、長く伸ばしたい「お」に対して、「う」の存在感が大きく感じられることがあります。

もっと簡単に処理するなら、入力する段階で「う」を長音に置き換え、「ろー」としてしまう方法もあります。

実際、それでも歌として大きな違和感はありません。

それでも二音一幕では、元の言葉にある「う」を完全には消さず、ほんの少し残すことがあります。

長く伸ばす部分は「お」を主体にし、

最後だけ、ごく短い「う」。

Synthesizer Vで「ろう」の「お」を長くし、語尾の「う」を短く残したフリモメンの音素調整画面

はっきり「ろ・う」と聞かせたいわけではありません。

聞こえるか、聞こえないかくらいの「う」を残す。

歌として自然に聞こえることを優先しながら、元の言葉が持っている音も少し残しておきたい。

今回も、その考え方で音素の長さを整えました。


AIリテイクも、必要なところで

歌唱生成では、AIリテイクも使用しています。

とはいえ、ここには特別複雑なことをしているわけではありません。

実際に歌ってもらう。

聴いてみる。

もう少し違う歌い方が欲しいと感じたら、リテイクする。

そして、曲に合うと思ったものを選ぶ。

基本的には、その繰り返しです。

細かなピッチをすべて手作業で描くのではなく、AIが作る歌唱表現も利用しながら、その中から今回の一幕に合うものを選んでいます。


テンポは71。急がず、言葉を置いていく

今回のテンポは71です。

速さで勢いを作る曲ではありません。

歌詞を追い立てるように進むより、一つ一つの言葉を置いていくような時間を作る。

フリモメンさんの低い歌声とピアノだけという編成でもあるため、このゆったりした流れをそのまま活かしています。

音数を増やして空間を埋めるのではなく、声とピアノの間にある時間も含めて聴かせる。

そんなテンポになりました。


ピアノは、低音を強く鳴らしすぎない

ピアノのVelocityは、

mp:72
mf:80

を基準にしています。

ここまでは左右同じです。

しかし、fだけは、

左手:84
右手:88

としています。

強く演奏するところだけ、左手を少し弱くしました。

今回のピアノで使われている最低音はC♯1です。

C♯1そのものは一音だけですが、その次に低いD1は比較的よく登場します。

かなり低いところまで使うピアノです。

低音を強く打鍵すると、単純に音量が大きくなるだけでなく、ピアノ音源によっては弦の響きや倍音の印象まで強く感じることがあります。

以前の制作でも、低音を強く鳴らしたときに「ビーン」「ブーン」といった響きが耳につくことがありました。

そこで今回は、mpやmfまで機械的に左右差をつけるのではなく、強く鳴らすfだけ左手を84へ抑えています。

左右の数字を揃えることよりも、実際に聞いたときに自然であること。

現在の二音一幕では、Velocityも音量の数字だけではなく、ピアノをどう鳴らすかという演奏の一部として考えています。


EQでは、声とピアノがお互いに少し場所を譲る

声とピアノしかない弾き語りでは、どちらかを単純に削って後ろへ追いやるのではなく、両方をきちんと聞かせたい。

そこでEQでは、声とピアノがお互いに少しずつ場所を空けることを意識しました。

今回分かりやすいのが、600Hzと3.2kHz付近です。

600Hz付近では、

ピアノ:-1.2dB
フリモメン:+1dB

としています。

反対に3.2kHz付近では、

ピアノ:+1.5dB
フリモメン:-1dB

です。

一方を少し引いたところで、もう一方を少し出す。

そして別の帯域では、その関係を反対にする。

ピアノと声をそれぞれ単体で「良い音」にするだけではなく、二つを一緒に鳴らしたとき、それぞれに居場所があるようにするための調整です。

また、すべてのEQバンドを使っているわけでもありません。

今回のピアノではMFをOFF、フリモメンさんではLMFをOFFにしています。

設定できるから設定するのではなく、必要だと感じたところだけ触る。

これも現在の音作りで大切にしていることです。


小さく短いRoomで、弾き語りの距離感を作る

リバーブにはRoomタイプを使用しています。

今回の主な設定は、

Pre Delay:8ms
Length:800ms
Room Size:4.5m

です。

大きなホールで歌っているような長い残響ではありません。

比較的小さな空間で、声とピアノが一緒に鳴っているような響きを目指しました。

センド量は、

ピアノ:-14dB
フリモメン:-18dB

です。

ピアノには少し多めに空間を与えながら、歌声の残響は控えめにしています。

フリモメンさんは、もともとの声自体がよく響いて聞こえます。

そのため、声をさらに大量のリバーブで包む必要はありませんでした。

歌声そのものの響きを残しながら、ピアノ側で空間を少し広げる。

その二つを同じ部屋へ置くような感覚で調整しています。


ピアノを、ボーカルの後ろへ追いやらない

今回のミックスで、特に大切にしたところです。

パンは、

ピアノ:L65 / R65
歌声:Center

としています。

そして初期フェーダー値は、

ピアノ:0dB
フリモメン:-6dB

です。

数字だけを見ると、歌声をかなり下げているように見えるかもしれません。

しかし、フリモメンさんは声そのものがよく響き、存在感もあります。

実際に二つを同時に鳴らしながら調整すると、-6dBまで下げても、歌声が消えてしまうようには感じませんでした。

そして、もう一つ理由があります。

今回は、歌声をピアノより明確に大きくしたくなかったからです。

一般的なボーカル曲であれば、歌詞を聞き取りやすくするために、歌声をしっかり前へ出す方法もあると思います。

しかし二音一幕で作りたいのは、声を前へ置き、ピアノをその後ろで鳴らすだけの音ではありません。

今回イメージしたのは、

ピアノの前に一人の男性が座り、その場で弾きながら歌っているような音。

実際の弾き語りなら、ピアノそのものもしっかり鳴っています。

だから今回もピアノを後ろへ追いやらず、

「歌声の方が少し小さいだろうか」

と感じるくらいのところまで馴染ませました。

フェーダーの数字を同じにすることが、バランスを揃えることではありません。

最後に判断するのは、二つを同時に聴いたときの距離感です。


最後まで、弾き語りの強弱を残す

最終段のリミッターは、

Gain:+5dB
Ceiling:-1dB
Threshold:-1dB
Bモード
Attack:Normal
Release:150ms

としています。

ここでも、最終的な音量を大きくすることそのものを目的にはしていません。

Velocityで作ったピアノの強弱。

フリモメンさんの歌声の動き。

そして、静かなところから盛り上がるところまでの幅。

それらを必要以上に押し潰さないことを優先しています。

完成音源をYoulean Loudness Meter 2 PROで測定すると、

Integrated:-19.4 LUFS
Loudness Range:8.6 LU
Avg. Dynamics(PLR):16.4 LU
Momentary Max:-12.3 LUFS
Short Term Max:-15.0 LUFS
True Peak Max:-2.9 dBTP

となりました。

「もしもピアノが弾けたなら」フリモメンカバーのYoulean測定結果。Integrated -19.4 LUFS、LRA 8.6 LU、PLR 16.4 LU、True Peak -2.9 dBTP

特に目を引くのは、PLR 16.4 LUです。

平均的な音量に対して、瞬間的なピークをかなり残した仕上がりになっています。

Loudness Rangeも8.6 LUあり、曲の中での静かな部分と大きな部分の差も残っています。

もちろん、最初から「PLRを16.4 LUにしよう」と考えて制作したわけではありません。

耳で聴きながら、今回欲しかった弾き語りの音を作った。

そして完成後に測定してみると、その結果がこうした数値にも表れていました。

平均的には静かでも、一音一音の強さは失わない。

今回の「もしもピアノが弾けたなら」には、そんな仕上がりが似合っているように思います。


声を目立たせるのではなく、一人の弾き語りとして

今回の制作を振り返ると、個々の設定はすべて少しずつ違う役割を持っています。

楽譜上のA3~E5から、1オクターブ下のA2~E4へ。

Softmenを中心にした柔らかな声。

元の言葉を残すための、ごく短い「う」。

低音を強く鳴らしすぎないピアノ。

声とピアノがお互いに場所を譲るEQ。

800msという短めのRoom。

そして、ピアノ0dBに対してフリモメンさんを-6dBまで下げたフェーダーバランス。

一つだけを大きく変えて完成した音ではありません。

それぞれを少しずつ調整した結果、

低く、柔らかな男性の歌声と、しっかり聞こえるピアノ

という今回の形になりました。

ボーカルだけを一番前へ出すのではなく、ピアノも同じ一幕を作る一人として、きちんと聞こえるようにする。

その二つが同じ場所から聞こえてくることで、少しでも実際の弾き語りに近い距離感を感じてもらえたなら、この作品で目指した音になったと思います。

声とピアノで、ひとつの物語を。

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