ピアノの低音から変な音がする?EQで直らなかった響きをVelocityで調整した話
ピアノの低音から、
「ビーン」「ブイン」
と、どこかギターの弦にも似た響きが聞こえる。
今回、二音一幕で作品を制作している途中、そんな小さな違和感が気になり始めました。
最初に疑ったのはEQです。
低音が原因なら、問題になっている周波数を探して調整すれば改善できるのではないか。
ところが、思ったようには解決しません。
そこで今度は、音が聞こえる位置を楽譜と照らし合わせて、どの音符が鳴ったときに気になるのかを調べてみました。
そして、
「そもそも、ピアノの低音はどうやって鳴っているんだろう?」
と考え始めます。
最終的に今回の環境で効果を感じたのは、EQではなくVelocity(ベロシティ)の調整でした。
さらに検証を続けていくと、
「右手と左手を、同じVelocityにする必要はあるのだろうか?」
という、演奏そのものについての疑問にまで発展しました。
今回は、制作中の「Sincerely」で見つけた小さな違和感をきっかけに、「ガーネット」でさらに検証し、ピアノの低音とVelocityについて考え直した過程をまとめます。
なお、この記事は、
「ピアノの左手はVelocityを○○にすればいい」
という設定値を紹介するものではありません。
同じピアノ音源でも曲や音域、演奏によって聞こえ方は変わります。
それよりも、
低音がおかしいと感じたとき、EQ以外にも確認できる場所がある。
そんな一つの考え方として読んでもらえればと思います。
きっかけは「Sincerely」で聞こえた変な響き
最初にこの響きが気になったのは、現在制作中の「Sincerely」でした。
ピアノを聴いていると、低音から時々、
「ビーン」「ブイン」
とでも表現したくなる響きが聞こえます。
単純に、
「低音が大きすぎる」
という感じとも少し違います。
どこかギターの弦にも似ていて、打鍵した瞬間よりも、その後まで響きが残っているように感じました。
特に不思議だったのが、音を鳴らした瞬間だけが目立つわけではないことです。
表拍でピアノが鳴る。
その音が減衰していく。
すると、裏拍付近で「ビーン」という響きが浮かび上がって聞こえる。
そんな感覚がありました。
まず考えたのは、低音域のEQです。
最初はEQで直そうとした
低音が気になるなら、EQで問題になっている帯域を探してみる。
これは自然な発想だと思います。
二音一幕でも、ピアノの音作りにEQを使用しています。
以前には、Low Cut(LC)の設定によって必要な低音まで削ってしまい、ピアノ全体が痩せて聞こえるという経験もありました。
このときの検証については、下記の記事にまとめています。

今回はその逆で、気になる低音をどう整えるか。
問題と思われる周波数帯を探して調整してみました。
しかし、
思ったようには改善しませんでした。
そこで、EQを触り続けるのではなく、
「そもそも、どの音がこの響きを出しているのか?」
を調べてみることにしました。
楽譜と照らし合わせて「ビーン」の位置を探す
音源を聴きながら、「ビーン」「ブイン」と聞こえるタイミングを確認します。
そして、その位置を楽譜と照らし合わせました。
すると、どの低音を鳴らしたときに気になるのか、ある程度絞り込むことができます。
ここで、ふと別の疑問が浮かびました。
なぜ低音だけ、こんな響き方をするのだろう?
そこでピアノそのものの構造を考えてみました。
ピアノは鍵盤楽器。でも実際に鳴っているのは弦
ピアノは鍵盤を押して演奏する楽器です。
しかし、鍵盤そのものが音を出しているわけではありません。
鍵盤を押す、つまり打鍵することで内部の機構が動き、ハンマーが弦を叩きます。
そして、その弦の振動が響板などを通して、私たちが聴いているピアノの音になります。
さらに、ピアノ内部の弦はすべて同じではありません。
低音と高音では、使われている弦の長さや太さ、構造などが異なります。低音側では、低い音を効率よく鳴らすために巻線が使われることもあります。
ここで、
「低音の弦そのものの響き方や、打鍵によって生まれる成分が関係している可能性はないだろうか?」
と考えるようになりました。
最初に感じた、
ピアノなのに、なんだかギターの弦みたいな音がする。
という感覚も、考えてみれば完全に不思議な話ではありません。
ギターとピアノでは弦の鳴らし方が違います。
ギターは弦を直接弾きますが、ピアノはハンマーで弦を叩きます。
それでも、最終的に振動しているものの一つは弦です。
強い打鍵によって生まれた弦の響きや倍音、共鳴成分の一部が目立てば、それを私の耳が「ギターの弦っぽい」と感じる可能性もあるのではないか。
そう考えました。
ただし、ここは今回の検証だけで原因を特定できたわけではありません。
低音弦の構造が「ビーン」の原因だった、と断定しているわけではありません。
実際に確認できたのは、
特定の低音付近で気になる響きを感じた
というところまでです。
では、その弦を鳴らす強さを変えたらどうなるのか。
そこで試したのがVelocityでした。
「ガーネット」でVelocityを変えてみる
その後、同じく制作中だった「ガーネット」でも、似た響きが気になりました。
こちらではVelocityを変えながら、もう少し細かく比較してみました。
当時、強弱記号「f」の部分では、左右ともVelocity 88を基準にしていました。
そこで、気になっていた左手側を少しずつ弱くしてみます。
結果は、
Velocity 88
→ 「ビーン」という響きが気になる。
Velocity 86
→ かなり小さくなった。ただ、私にはまだ少し気になる。
Velocity 84
→ 私には気にならない程度になった。
という変化になりました。
ここで重要なのは、
「Velocity 84にすれば、この音が消える」
という意味ではないことです。
再生環境や聴く人によっては、84でも何らかの響きを感じ取れる可能性があります。
今回の判断基準は、
作品全体を聴いたときに、私自身が気にならなくなったかどうか。
その地点が今回は84でした。
86と84。その「2」の違いが気になった
今回、特に意外だったのがここです。
Velocityを88から大きく下げたわけではありません。
86から84。
数字だけなら、わずか2です。
それでも私の環境では、気になっていた響きの感じ方が変わりました。
もちろん、すべてのピアノ音源で同じ結果になるわけではありません。
ピアノ音源によって、Velocityに対する音量や音色の変化、サンプルの切り替わり方などは異なります。
それでも今回の経験から、
Velocityを単なる音量の数字として考えるだけでは足りないのではないか
と思うようになりました。
Velocityとフェーダーは、同じ「小さくする」でも違う
たとえば、左手が大きいならフェーダーを下げる方法もあります。
しかし、
フェーダーを下げること
と、
Velocityを下げること
は同じではありません。
私の中では、現在この二つを、
フェーダー=鳴った後の音量を整える
Velocity=そもそも、どう鳴らすかを変える
と考えています。
今回の「ガーネット」では、Velocityを変更することで、単純な音量だけでなく、私が気になっていた響きの感じ方そのものが変化しました。
そこで、
「ミックスで小さくする前に、演奏そのものを弱くしてみたらどうなる?」
という選択肢が生まれました。
なぜ裏拍で「ビーン」と聞こえたのか
ここからは、実際に聴きながら考えた仮説です。
今回の響きは、
打鍵
→ ピアノ全体の音が鳴る
→ 音が減衰する
→ 裏拍付近で「ビーン」が目立つ
という聞こえ方をしていました。
打鍵直後には、基音を含めたさまざまな成分が一緒に鳴っています。
しかし、それらが時間とともに減衰していく中で、一部の倍音や共鳴成分が相対的に目立ち、「ビーン」という別の音のように感じられた可能性があります。
そしてVelocityを下げることで、私が気にしていた成分も気にならない程度になった。
現時点では、そのように考えています。
ただし、スペクトラムなどを使って、
「この周波数の、この倍音が原因だった」
と特定したわけではありません。
あくまで、実際にVelocityを変えながら比較して得た聴感からの仮説です。
一音だけ弱くすれば、それでいい?
Velocityを下げることで問題は改善しました。
しかし、そこでまた新しい疑問が出てきます。
問題になっている音だけ弱くしていいのだろうか?
そこだけ打鍵が弱くなれば、今度は演奏の流れとして不自然になる可能性があります。
そして考えているうちに、さらに根本的な疑問へたどり着きました。
そもそも、右手と左手を同じVelocityにする必要があるのだろうか?
同じ強弱記号でも、左右の役割は同じとは限らない
それまでの制作では、
mpなら両手72。
mfなら両手80。
fなら両手88。
というように、同じ強弱記号なら左右とも同じVelocityを基準にすることがありました。
数値としては非常に分かりやすい設定です。
しかし、右手と左手は必ずしも同じ役割ではありません。
二音一幕で使用するピアノ譜では、右手が旋律や目立つフレーズを担当し、左手が低音から演奏を支えることが多くあります。
それなら、
同じ「f」だからといって、左右をまったく同じVelocityにする必要はないのではないか。
そう考えました。
「ガーネット」では最終的に、
f:右手88 / 左手84
としています。
途中では左手86も試しました。
数値だけを見るなら、88と86の方が左右差は小さく、綺麗に見えます。
しかし、私にはまだ気になる響きが残りました。
84なら気にならない。
ならば、
数値の美しさより、実際に聴いたときの自然さを優先する。
そのように判断しました。
では、mpとmfも左手を4下げるべき?
ここで、また次の疑問です。
fが、
右手88 / 左手84
なら、
mpやmfでも左手を右手より4下げた方がいいのではないか。
実は、最初にこの問題へ気づいた「Sincerely」では、現在のところ左手全体を右手側の基準より4低くしています。
こちらは特定の一音だけが理由ではありません。
左右のバランスを比較した結果、左手を少し弱くした方が、私には曲全体が心地よく感じられたからです。
ただし「Sincerely」は、まだほかの部分も調整中です。
そのため、この記事に名前は登場していますが、公開はもう少し先になりそうです。
一方、「ガーネット」では、mpやmfについて左右が同じVelocityでも、それまで大きな違和感を感じていませんでした。
ここで面白いことに気づきます。
同じ問題から始まっても、曲によって答えが違う。
「Sincerely」では左手全体を少し弱くする。
「ガーネット」では、必要だと感じたところを中心に調整する。
どちらかに統一する必要はありません。
「左手は-4」が新しいルールになったわけではない
今回の検証で最も避けたいのが、
「左手は右手よりVelocityを4下げればいい」
という結論です。
-4は、今回の制作で結果的に出てきた数字にすぎません。
別の曲なら-2かもしれません。
左右同じ方がいいかもしれません。
低音を強く聞かせたい曲なら、そもそも左手を弱くしない方がいいかもしれません。
実際、これまで制作した作品には、左右同じVelocityを基準にしていても違和感を感じなかったものがあります。
だから、
前の曲で-4が良かった。
だから次の曲も全部-4にする。
とは考えないようにしています。
それでは、せっかく耳で見つけた答えを、今度は数字だけのルールに置き換えてしまいます。
Velocityの数値は、演奏を作るための基準にはなります。
しかし最後に決めるのは、
その曲を聴いたときに、どう感じるか。
今回の「Sincerely」と「ガーネット」を比較したことで、その考えがより強くなりました。
cresc.やdim.も固定値ではなく、演奏の流れとして考える
現在の二音一幕では、mp・mf・fだけを固定値で切り替えているわけではありません。
cresc.やdim.があれば、Velocityも段階的に変化させて演奏の流れを作っています。
つまり、
fだから全部88
とは限りません。
フレーズの方向。
右手と左手の役割。
音域。
前後の強弱。
実際に聞こえる響き。
そうしたものを確認しながら調整します。
そのため、
mp=72
mf=80
f=88
といった数値は、絶対的な答えではなく、私にとっては調整を始めるための基準値に近くなっています。
そこから必要なら変える。
今回の左手84も、その結果として出てきた数字です。
「時を刻む唄」を今の耳で聴き直すと
今回の響きについて考えるようになってから、すでに公開している重音テトさんの「時を刻む唄」も改めて聴き直しました。
「時を刻む唄」は、二音一幕の最初の一幕です。
制作当時は、この「ビーン」「ブイン」のような響きを問題として認識していませんでした。
そのため、現在公開している音源では、今回のようなVelocityによる再調整は行っていません。
しかし、今の耳で聴き直してみると、
「ここにも、ごく微かに似た響きがあるような気がする」
と感じる部分があります。
再生環境によっては分からない程度ですし、当時は完成した音にしっかり手応えを感じていました。
だから、現在公開している「時を刻む唄」を失敗作だとは考えていません。
むしろ面白いのは、
作品を作り続けたことで、昔は聞こえなかったものが聞こえるようになったこと。
です。
「Sincerely」で違和感を覚える。
「ガーネット」で検証する。
そして過去作へ戻る。
すると、
「もしかして、これは以前からあったのでは?」
と気づく。
一つの作品で得た発見が、次の作品だけでなく、過去の作品の聞こえ方まで変えていきます。
数年後、もう一度「時を刻む唄」を作ってみたい
だからこそ、「時を刻む唄」の現在の公開版は、そのまま残しておきたいと思っています。
そして数年後。
制作を続け、今よりもっと多くのものが聞こえるようになったとき。
その時点で持っている技術をできる限り詰め込んで、もう一度、重音テトさんの「時を刻む唄」を作ってみたいとも考えています。
最初の一幕と、数年後の一幕。
同じ曲。
同じ重音テトさん。
でも、その間に作った作品や、見つけた問題、試した調整方法はまったく違う。
もし実現できれば、
「どちらが正しいか」を比べるためではなく、二音一幕がその間に何を学んだのかを聴き比べる作品
にできると思います。
もちろん、これはまだずっと先の話です。
再生環境が違えば、聞こえるものも変わる
今回の「ビーン」「ブイン」のような細かな響きは、再生環境によって感じ方がかなり変わりました。
解像感の高いイヤホンでは気になりやすい。
一方、運転中の車内でスピーカーを使って確認すると、かなり分かりにくくなります。
走行音などによって細かな響きがマスクされることもあるでしょう。
スマートフォン本体のスピーカーでは、そもそも低域やピアノの左右の広がりが十分に再現されない場合もあります。
だからといって、すべての再生環境でまったく同じように聞こえる音を作るのは難しいと思っています。
二音一幕では複数の環境で確認しつつも、低音を十分に再生できない環境へ無理に合わせるために、ほかの環境での完成度まで落とさないようにしています。
ただ、
ある環境でだけ妙に気になる。
そんな小さな違和感があれば、一度調べてみる価値はあります。
今回の発見も、そこから始まりました。
EQで削る前に「どう弾いているか」を確認してみる
低音がうるさい。
低音から変な響きがする。
そんなとき、EQを開いて問題の周波数を探す。
もちろん、それで解決することもあります。
しかし今回、「Sincerely」と「ガーネット」を制作する中で、
ミックスで直そうとしていた問題が、演奏側から改善できることもある
と気づきました。
必要な低音までEQで削ってしまえば、ピアノを支えている厚みまで失ってしまうかもしれません。
それなら削る前に、
その低音を強く弾きすぎていないか。
一度Velocityを確認してみる。
そして右手と左手を同じVelocityにしているなら、
本当に、この曲では左右を同じ強さで弾いてほしいのか。
そこまで考えてみる。
問題になった一音だけを直すのか。
左手全体の役割から考え直すのか。
それとも、今のままが一番いいのか。
答えは曲によって変わります。
今回の検証で得たものは、「左手を-4にする」という設定値ではありませんでした。
EQで音を整える前に、演奏そのものを見直すという選択肢。
そして、
数値を揃えることと、自然に聞こえることは同じではない。
という考え方です。
「ビーン」という小さな違和感から始まった検証でしたが、最後にはピアノの構造から、右手と左手の役割まで考えることになりました。
また別の曲を作れば、今回とは違う答えが出るかもしれません。
そのときは、その音を聴いて、また考えてみようと思います。
声とピアノで、ひとつの物語を。
二音一幕