ピアノ弾き語りで、なぜボーカルを前に出しすぎないのか|「語る歌」と「歌うピアノ」の音作り
ピアノ弾き語りのカバーを作るとき、歌声とピアノはどちらを大きくするべきなのでしょうか。
歌を聴かせる作品なら、ボーカルを聞き取りやすくして、伴奏を少し後ろへ置く。
そんなバランスも考えられます。
しかし二音一幕では、基本的にピアノを0dBの基準に置き、そこから歌声のフェーダーを下げてバランスを作っています。
作品によっては、歌声を-5dB、-6dBまで下げることもあります。
これは、ボーカルを小さくしたいからではありません。
むしろ反対です。
ピアノを「伴奏だから」という理由で、小さくしたくない。
そこには、以前からピアノ弾き語りを作りながら考えてきた、「弾き語りとは何だろう」という疑問があります。
今回は、二音一幕で声とピアノの音量をどのように考えているのか、その理由を振り返ってみます。
実際の弾き語りでは、ピアノがよく聞こえた
ピアノ弾き語りを実際に聴きに行くと、私にはピアノの音が思っていた以上によく聞こえます。
歌い手は、歌うだけではありません。
自分でピアノを演奏しながら歌っています。
歌だけに集中して激しく歌うというよりも、ピアノを弾きながら、その音に歌声を寄り添わせているように感じます。
もちろん、弾き語りにもさまざまな表現があります。
力強くピアノを弾き、力強く歌う曲もあるでしょう。
それでも、少なくとも静かなピアノ弾き語りを聴いたとき、
「歌+その後ろで小さく鳴っている伴奏」
という聞こえ方ではありませんでした。
ピアノもしっかりと存在している。
そのピアノと一緒に、人が歌っている。
この感覚が、現在の音作りにもつながっています。
静かなピアノなのに、歌だけが激しい
以前運営していたチャンネルでも、ピアノ弾き語りのカバーを制作していました。
その中で、だんだん違和感を覚えるようになったことがあります。
静かなピアノが鳴っているのに、歌声だけが激しい。
一つ一つを別々に聴けば、おかしいわけではありません。
ピアノは綺麗に鳴っている。
歌声にも感情が入っている。
それなのに二つを重ねると、どこか弾き語りらしく感じられない。
そこで改めて、
「弾き語りとは、一体何だろう?」
と考えるようになりました。
「歌う」より、「語る」に近づける
そこで意識するようになったのが、「弾き語り」の語りです。
だからといって、本当に話すような平坦な歌唱にしてしまうわけではありません。
最初から最後まで同じ調子では、音楽としての起伏までなくなってしまいます。
では、歌声を激しく動かさずに、どうやって曲の感情を表現するのか。
そこで重要になったのが、もう一人の演者であるピアノでした。
歌声だけですべてを表現する必要はない。
ピアノにも感情を担当してもらえばいい。
そう考えるようになりました。
ピアノにも「歌って」もらう
現在の二音一幕では、ピアノのVelocityをかなり重視しています。
たとえば楽譜に、
mp、mf、f
と書かれていれば、それぞれでVelocityを変えます。
cresc.やdim.があれば、その流れに合わせて段階的に変化させることもあります。
ただ音量を変えているだけではありません。
Velocityを変えると、使用するピアノ音源では打鍵の強さによって音色や響き方も変わります。
静かなところでは、静かに。
曲が少し動けば、ピアノも少し前へ。
大きく感情が動くところでは、ピアノもしっかり鳴らす。
伴奏として後ろでコードを鳴らすだけではなく、ピアノ自身にも歌ってもらう。
そんな感覚で強弱を作っています。
ピアノが動くと、歌声まで動いたように感じる
制作をしていて面白いのが、ピアノの強弱をきちんと作ると、歌声そのものを大きく変化させていなくても、歌まで一緒に動いたように感じることです。
ピアノが静かになると、歌声も静かに語っているように感じる。
ピアノが少しずつ大きくなると、歌にも少しずつ感情が乗ってきたように感じる。
そしてピアノがしっかり鳴るところでは、歌声まで一緒に高揚しているように聞こえる。
これは制作中の私自身の聴感なので、すべての人が同じように感じるとは限りません。
それでも、声とピアノの強弱が同じ方向を向いていると、二つを別々の音ではなく、一つの演奏として感じやすくなるように思います。
逆に、静かなピアノの上で歌声だけが激しく動いていると、私には二つが離れて聞こえます。
だから、歌声だけに曲の感情を背負わせない。
歌声は語り、ピアノも歌う。
二つが一緒に動くことで、弾き語りとしての一体感を作っています。
だから、ミックスでもピアノを小さくしすぎない
この考え方は、演奏だけでなくミックスにもつながっています。
せっかくVelocityを細かく調整してピアノに表情を作っても、完成時にピアノを大きく下げてしまえば、その表情も聞こえにくくなります。
そのため、現在の二音一幕では基本的に、
ピアノ:0dB
を基準にしています。
そこから、ピアノを下げて歌声を目立たせるのではなく、歌声の方をピアノに合わせて調整する方法を取っています。
これは「ピアノは0dBが正解」という意味ではありません。
0dBという数字そのものに意味があるのではなく、
ピアノを基準としてしっかり聞こえる場所に残す
ことが目的です。
ボーカルは、思っているより下げている
現在制作している作品を見ると、ピアノを0dBとしたとき、歌声はおおよそ次の位置を基準にしています。
| 歌唱キャラクター | 歌声の目安 |
|---|---|
| 重音テト | -3.5dB前後 |
| 宮舞モカ | -3.0dB前後 |
| 桜乃そら | -4.0dB前後 |
| 弦巻マキ | -5.0dB前後 |
| フリモメン | -6.0dB前後 |
数字だけを見ると、かなり歌声を下げているように見えるかもしれません。
しかし、実際に聞こえる声の大きさはフェーダーの数字だけでは決まりません。
キャラクターによって、声の通り方がかなり違うからです。
テトとモカを、あまり下げない理由
重音テトさんと宮舞モカさんは、二音一幕ではMellow系のボーカルスタイルを中心に使うことが多くあります。
柔らかく落ち着いた歌声を作りやすい一方、設定によっては声そのものの存在感も小さくなります。
そのため、現在の制作ではテトさんなら-3~-4dB、モカさんなら-2.5~-3.5dBあたりから探すことが多くなっています。
一方、弦巻マキさんや桜乃そらさんは比較的高めの声がよく通るため、もう少し下げることがあります。
そして面白いのがフリモメンさんです。
低い声だから、あまり聞こえない。
……とはなりません。
フリモメンさんは低い歌声でも非常によく通って聞こえるため、-6dB前後まで下げることがあります。
つまり、
高い声だから下げる。
低い声だから上げる。
という単純な関係でもありません。
最終的には、その声が実際にどう聞こえるかで判断しています。
同じ重音テトでも、同じ値にはならない
さらに、この目安はキャラクターごとの固定値でもありません。
たとえば「ひまわり」を歌っている重音テトさんは、他のテトさんのカバーよりも高めの声で歌っています。
そのため声がよく通り、フェーダーは-4dBまで下げています。
一方、「糸」では-3.5dB。
「lulu.」や「Sincerely」も-3.5dBです。
同じ重音テトでも、歌唱音域やボーカルスタイルが変われば、声の存在感も変わります。
今後、Mellowを中心としない強い歌声を作れば、普段のテトさんより大きくフェーダーを下げる可能性もあります。
だから、
「重音テトなら-3.5dB」
というルールではありません。
- キャラクターの声質
- ボーカルスタイル
- 歌唱音域
- その曲での歌い方
- ピアノの鳴り方
それらを合わせたうえで、最後は実際に聴いて決めています。
最初から、このバランスに確信があったわけではない
二音一幕の初期作品を見ると、この考え方が固まっていく途中だったことも数字に残っています。
最初の「時を刻む唄」では、
ピアノ0dB / 重音テト -2dB
続く「たしかなこと」では、
ピアノ0dB / 宮舞モカ -1dB
でした。
現在の基準と比べると、ピアノと歌声の差はかなり小さめです。
制作を続けながら、
「もっと歌声を下げても、ちゃんと聞こえる」
そして、
「その方が自分の求めている弾き語りに近い」
という感覚が少しずつ固まっていきました。
その後の作品では、
「糸」
ピアノ0dB / 重音テト -3.5dB
「ガーネット」
ピアノ0dB / 桜乃そら -4dB
「ひまわり」
ピアノ0dB / 重音テト -4dB
「secret base ~君がくれたもの~」
ピアノ0dB / 弦巻マキ -5dB
「もしもピアノが弾けたなら」
ピアノ0dB / フリモメン -6dB
といったバランスになっています。
曲によって上下するので、制作順にどんどん歌声を小さくしているわけではありません。
変わったのは数字ではなく、数字に対する迷いが少なくなったことなのだと思います。
ピアノと歌声のフェーダーに大きな差があっても、実際に自然に聞こえるなら、それでいい。
数値を揃えることよりも、耳で聞いたバランスを信じるようになりました。
「ボーカルを小さくする」のが目的ではない
ここは、少し誤解されやすいところかもしれません。
二音一幕では、
ボーカルを小さくしたいわけではありません。
そして、ボーカルを聞き取りにくくしたいわけでもありません。
目指しているのは、
ピアノもきちんと聞こえる弾き語りです。
ボーカルを主役として明瞭に聞かせたい作品なら、歌声をもっと前へ出す方法もあるでしょう。
J-POPやロックのように演奏側にも大きなエネルギーがある曲なら、力強い演奏と力強い歌唱を組み合わせる表現も自然だと思います。
ピアノ弾き語りでも、激しく弾いて激しく歌う曲はあります。
だから「弾き語りなら静かに歌うべき」という話でもありません。
私が合わせたいのは、声とピアノのエネルギーです。
静かなピアノなら、歌声も寄り添う。
ピアノが大きく動くなら、歌声も一緒に動く。
どちらか一方だけが突出するのではなく、二つが同じ方向を向いている状態を目指しています。
数字を揃えるより、二つの音を揃える
Velocityを調整しているときにも、似たことを感じます。
左右のVelocityを同じ数字にしたからといって、左右が同じように聞こえるとは限りません。
フェーダーも同じです。
ピアノ0dB、歌声0dB。
数字だけなら同じです。
しかし、実際に同じ大きさに聞こえるとは限りません。
反対に、
ピアノ0dB、歌声-6dB
でも、声質によっては二つが自然なバランスで聞こえることがあります。
だから、数字を揃えることを目的にはしていません。
数値は、音を作るための手段です。
最後に判断するのは、
二つを一緒に鳴らしたとき、どう聞こえるか。
そこはVelocityでもフェーダーでも変わりません。
歌声は語り、ピアノも歌う
以前、静かなピアノの上で歌声だけが激しく聞こえることに違和感を持ったところから、「弾き語りとは何だろう」と考え始めました。
今のところ辿り着いている答えは、とても単純です。
歌声は、ピアノに寄り添って語る。
そして、
ピアノにも、歌ってもらう。
ピアノのVelocityに強弱を作れば、ピアノそのものに表情が生まれます。
その動きに歌声も寄り添えば、二つが一緒に静かになり、一緒に盛り上がっているように感じられます。
だからミックスでも、ピアノを単なる背景へ追いやらない。
ピアノをしっかり聞かせ、その中に歌声が自然に存在する場所を探す。
現在の二音一幕では、そんな考え方でピアノ弾き語りのバランスを作っています。
これが唯一の正しい弾き語りの作り方だとは思いません。
ただ、私が実際の弾き語りを聴き、制作を繰り返しながら探してきた中では、このバランスが一番しっくりきています。
声だけでもなく、ピアノだけでもない。
二つの音が一緒に動くことで、一つの演奏になる。
それが、二音一幕で目指している弾き語りの音です。