音のこと

ピアノのfは、いつも同じ強さなのか。MIDI Velocityと強弱表現の考え方

夕暮れのグランドピアノの鍵盤上に、MIDIのVelocityによる強弱の変化を表す棒グラフと曲線が重なるイメージ
KOSHIKA

ピアノの楽譜には、p、mp、mf、fといった強弱記号が書かれています。

二音一幕では、楽譜をもとにピアノをMIDIで制作しているため、こうした強弱をVelocityという数値で表現しています。

普段は、mpを72、mfを80、fを88といった数値を基準にすることがあります。

しかし、実際の制作では、必ずしもその数値を使い続けるわけではありません。

例えば、現在制作を進めている「涙そうそう」では、fのVelocityを88から84に変更しました。

ところが、同じ曲の別の箇所では、mfから始まるクレッシェンドの頂点を88にしています。

楽譜上ではfと書かれた場所が84で、mfから始まるヘアピンの頂点が88。

数値だけを見ると、少し不思議な関係です。

今回は、この調整をきっかけに、二音一幕でどのようにピアノのVelocityを決めているのか、その考え方を紹介します。

楽譜の強弱記号に、決まったVelocityはない

まず、楽譜に書かれた強弱記号と、MIDIのVelocityは別のものです。

楽譜のp、mp、mf、fなどは、演奏の強弱を伝えるための記号です。

一方、VelocityはMIDIの音符ごとに設定する数値で、ピアノ音源では主に打鍵の強さや音色の変化に関わります。

例えば、楽譜にmfと書かれていても、それがVelocity 80を意味しているわけではありません。

実際のピアノ演奏でも、mfをどのくらいの強さで弾くかは、楽曲や演奏する場面によって変わります。

また、同じ強さで鍵盤を弾いても、低音と高音、単音と和音では、聴こえ方が異なることがあります。

そのため、楽譜の強弱記号をMIDIへ置き換えるときには、まず演奏の基準を決め、そのうえで実際の音を聴きながら調整する必要があります。

二音一幕でも、同じ考え方でピアノを制作しています。

mfをVelocity 80にしている理由

二音一幕では、mfをVelocity 80という共通の基準にしています。

この数値には、作品を横断したときのピアノの音圧感を、ある程度揃えたいという意図があります。

二音一幕のピアノには、すべての作品で「Acoustic Piano – Ballad」という同じ音源を使用しています。

さまざまな楽曲を制作していく中で、作品ごとにVelocityの基準が大きく変わってしまうと、ピアノの強さにも違いが生まれやすくなります。

そこで、mfを80という共通の基準点にしました。

ただし、これはすべての作品の音量を同じにするという意味ではありません。

同じVelocity 80でも、音域や和音の重なり方、演奏する音符の数によって、聴こえる強さは変わります。

ミックス時の音量バランスやEQなども、最終的な聴こえ方に影響します。

そのため、mf80という数値だけで、完成した作品の音圧が揃うわけではありません。

作品ごとに異なる演奏を作りながらも、ピアノの強さを判断する共通の出発点を持つこと。

それが、mfを80にしている理由です。

一方、mpは現在72を基準としていますが、今後変更する可能性もあります。

fについても、楽曲の雰囲気や前後の強弱を聴きながら調整しています。

つまり、mf80という軸は持ちながらも、すべての強弱を固定値だけで決めているわけではありません。

「涙そうそう」で、fの88が強すぎた

今回、Velocityの設定について改めて考えるきっかけになったのが、制作中の「涙そうそう」です。

ある箇所では、楽譜の強弱がmpからfになり、その後再びmpへ戻ります。

当初、普段の基準に沿って、mpを72、fを88として試してみました。

しかし、実際に聴いてみると、fに切り替わった瞬間の強弱の差が、少し大きすぎるように感じられました。

mp72からf88では、Velocityの差は16です。

この数値差がそのまま音量差になるわけではありませんが、今回の演奏では、fの部分が少し強く飛び出して聴こえました。

まるで、その音だけにアクセントが付いたような印象です。

そこで、fを88から84に変更してみました。

すると、mpからfへ移るときの強弱が自然になり、曲の穏やかな雰囲気にもなじむように感じられました。

今回採用した設定は、次のとおりです。

mp72 → f84 → mp72

「涙そうそう」のmp72からf84へ上がり、mp72に戻るVelocity設定の概念図

※Velocityの設定値を概念的に示した図。実際の音符配置や拍の長さを表すものではありません。

fという記号そのものが変わったわけではありません。

同じ楽譜の指示でも、曲の雰囲気や前後の強弱を踏まえることで、自然に聴こえる数値が変わったということです。

ところが、別のヘアピンでは88が必要だった

一方、同じ「涙そうそう」の中には、少し興味深い強弱の変化がありました。

楽譜には、mfからクレッシェンドのヘアピンがあり、その後に再びmfが指定されている箇所があります。

クレッシェンドは、次第に強く演奏することを示す記号です。

今回、この箇所については、mfを基準として一時的に演奏を盛り上げ、次のmfで元の強さへ戻すような表現を考えました。

ただし、ヘアピンの頂点にfという記号が書かれているわけではありません。

どの程度まで強くするかは、実際の演奏を聴いて判断しています。

最初は、mfの80から84程度まで上げることも試しました。

ところが、80から84への変化では、クレッシェンドとしての盛り上がりが少し物足りなく感じられました。

そこで、ヘアピンの頂点を88まで上げてみました。

すると、mfを基準とした強弱の変化が、よりはっきり感じられるようになりました。

今回採用した設定は、

mf80 → ヘアピン内で徐々に88へ → mf80

というものです。

「涙そうそう」のmf80からクレッシェンドの頂点88へ上がり、mf80に戻るVelocity変化の模式図

※実際の細かな音符配置ではなく、変化を模式化した図。途中の音符のVelocityや拍の位置を示したものではありません。

MIDIのVelocityは、基本的に音符ごとに設定するものです。

グラフでは強弱の変化を線でつないでいますが、実際には一音ずつ数値を調整しながら、このような盛り上がりを表現しています。

fは84なのに、ヘアピンの頂点は88

ここで、今回の二つの設定を並べてみます。

強弱の流れVelocity
mp → f → mp72 → 84 → 72
mf → クレッシェンド → mf80 → 最大88 → 80

同じ曲の中で、fと書かれた箇所のVelocityは84。

一方、mfから始まるクレッシェンドの頂点は88です。

つまり、楽譜の強弱記号だけを見ればfの方が強そうでも、実際に設定したVelocityは、ヘアピンの頂点の方が高くなっています。

これは、今回の調整で特に興味深かったところです。

mp72からf88へ変化させると、強弱が大きくなりすぎるように感じられました。

ところが、mf80からクレッシェンドを作る場合は、84では変化が小さく、88まで上げた方が意図した盛り上がりに近づきました。

同じ88という数値でも、前後の演奏によって受ける印象は変わります。

そのため、fだから必ず88、mfだから必ず80というように、記号だけで演奏の強さを決めることはできないと感じています。

もちろん、今回の解釈が、同じような強弱記号を持つすべての楽譜に当てはまるわけではありません。

あくまで「涙そうそう」を制作する中で、実際に音を聴きながら選んだ設定です。

ヘアピンの強弱も、一音ずつ作っている

ピアノのMIDIを制作するときには、強弱記号が書かれている部分だけを調整すればよいわけではありません。

特に、クレッシェンドやディミヌエンドのような、時間をかけて強弱を変化させる指示では、途中の音符をどのように演奏するかが重要になります。

例えば、クレッシェンドの始点と終点だけを強くしても、その間の音符に変化がなければ、滑らかな盛り上がりにはなりにくいでしょう。

そこで、二音一幕では、音楽の流れを確認しながら、一音ずつVelocityを調整しています。

ただし、数値を必ず一定の間隔で増減させるわけではありません。

音符の高さや和音の重なり方によって、同じVelocityの変化でも聴こえ方が異なるためです。

ある音では少し強めに、別の音では控えめにするなど、実際の響きを聴いて判断することがあります。

以前制作した「恋に落ちて -Fall in love-」でも、2小節にまたがるディミヌエンドをVelocityで表現しました。

こちらは、時間をかけて少しずつ演奏を静めていく調整です。

クレッシェンドもディミヌエンドも、強弱の変化をどのような流れで聴かせるかを考えながら制作しています。

楽譜を変えるのではなく、演奏の表情を整える

二音一幕では、楽譜をもとにピアノの音符をMIDIへ入力しています。

そして、楽譜に記されたp、mp、mf、fやヘアピンなどの指示を、Velocityで表現しています。

今回の「涙そうそう」でfを88から84に変更したことも、楽譜の強弱記号を書き換えたという意味ではありません。

楽譜にはfと書かれている。そのfを、今回の演奏ではどのような強さで表現するか。

その判断を、MIDIの数値として反映したものです。

これは、実際のピアノ演奏で、楽曲の雰囲気や前後の流れを考えながら鍵盤を弾くことにも通じる部分があります。

MIDIでは、その打鍵の強さを一音ずつ数値で管理できるため、気になる部分を繰り返し調整できます。

二音一幕では、こうしたMIDIの特徴を活かしながら、ピアノの演奏を組み立てています。

楽譜を作り替えるのではなく、楽譜に書かれた音楽を、どのように演奏として表現するか。

そのためにVelocityを使用しています。

基準値は、演奏を作るための出発点

今回の「涙そうそう」では、同じ曲の中でも、fの強さとクレッシェンドの頂点に異なるVelocityを設定しました。

通常のfは84に抑え、ヘアピンの頂点では88まで上げる。

どちらも、最初からその数値に決めていたわけではありません。

実際に音を聴いて、強すぎると感じた部分は下げ、物足りないと感じた部分は上げています。

一方で、二音一幕ではmf80という共通基準を大切にしています。

作品を横断したときにも、ピアノの強さにある程度の統一感を持たせるためです。

共通の基準を持つことと、曲ごとに強弱を調整すること。

この二つは、どちらも必要なものだと考えています。

作品を横断する共通の基準は持つ。しかし、曲ごとの表現まで共通にするわけではない。

数値は、演奏を決めるための答えではなく、演奏を作り始めるための出発点です。

これからも、楽譜の指示を大切にしながら、実際の音を聴いて、一音ずつピアノの表情を整えていきたいと思います。

声とピアノで、ひとつの物語を。

二音一幕

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