作品の裏側

「恋に落ちて」を弦巻マキとピアノで。まっすぐな恋心を歌声に込めた一幕

KOSHIKA

小林明子さんの「恋に落ちて -Fall in love-」を、弦巻マキさんの歌声とピアノによる弾き語りスタイルでカバーしました。

今回の制作で思い描いたのは、金曜日の夜。

翌日は休み。静かな部屋でひとり、大切な人のことを想っている。

切なさはあるけれど、悲しみに沈みきっているわけではない。離れている時間にも、好きな人を想う温かさが残っている。

そんな情景を、弦巻マキさんの若々しい歌声で表現してみたいと考えました。

そして今回の制作では、マキさんの歌声について、これまでとは少し違う発見もありました。

バラードらしいしっとりした歌声を目指して調整していたところ、思い描いていた表情とは違う方向へ変化してしまったのです。

そこから設定を見直し、最終的には、当初の考えとは逆の方向へ進むことになりました。

今回は、そんな歌声の試行錯誤を中心に、ピアノの強弱、英語の発音、息遣い、音作りについて紹介します。

原曲の大人びた恋愛を、弦巻マキの歌声で

「恋に落ちて -Fall in love-」には、大人びた恋愛の雰囲気があります。

落ち着いた歌唱の中に切なさがあり、静かに気持ちを伝えるような印象を受ける楽曲です。

この曲を桜乃そらさんが歌えば、原曲の成熟した雰囲気に自然に寄り添えるかもしれません。

しかし今回は、あえて弦巻マキさんを選びました。

マキさんには、若々しく明るい声の魅力があります。

その声で歌うことで、原曲が持つ恋愛の情景を、少し違った角度から描けるのではないかと考えたからです。

目指したのは、少し背伸びをしながら、大切な人をまっすぐに想うような歌声。

悲しさを大きく表現するよりも、好きな人を想う気持ちそのものを大切にしたい。

静かな夜の部屋に、そんな歌声が自然に響いている一幕を思い描きながら制作を進めました。

「バラードだからWhisperを増やす」ではなかった

今回、最も試行錯誤したのがVocal Styleです。

制作を始めたころは、しっとりとしたバラードなので、Whisperを増やすことで曲の雰囲気に近づけられるのではないかと考えていました。

ところが、実際に調整して聴いてみると、少し違う印象になりました。

Whisperを強くすると、マキさんの歌声に迷いや頼りなさが感じられるようになったのです。

それも一つの歌唱表現ではありますが、今回描きたかったのは、静かでありながらも、好きな人をまっすぐに想う姿でした。

そこで、Whisperを増やす方向からいったん離れてみることにしました。

代わりに試したのが、Whisperを下げ、Twangyを上げる調整です。

すると、歌声の輪郭がはっきりし、若々しくすっきりした印象になりました。

息っぽさでしっとり感を作るよりも、マキさん自身の声の魅力を活かす方が、今回の恋心には合っているように感じられました。

最終的なVocal Styleは、次の設定です。

Vocal Style設定
Adult15%
Twangy40%
Cute50%
Grunge10%
Whisper0%

Breathパラメータは +0.3 に設定しています。

今回の歌唱音域は F3〜D♭5 です。

Whisperを0%にするという選択は、しっとりしたバラードを作ろうとしていた当初の考えとは、むしろ逆方向でした。

しかし実際に聴いてみると、こちらの方がマキさんらしい自然な歌声に感じられたのです。

今回の制作を通して、改めて感じたことがあります。

曲の雰囲気だけでVocal Styleを決めるのではなく、そのキャラクターが自然に歌っているように聴こえることを大切にしたい。

弦巻マキさんの場合は、青春感や瑞々しさ、声の輪郭を活かす方向にも大きな魅力があると気づく作品になりました。

英語の発音とリズムを、原曲の歌唱に近づける

「恋に落ちて -Fall in love-」には英語の歌詞も登場します。

今回は、その英語部分についても、原曲の歌唱を聴きながら調整を行いました。

Synthesizer Vでは、歌詞を入力することで音素が割り当てられます。

ただし、入力された状態のままでは、原曲の発音や歌唱リズムと少し違って聴こえることがあります。

そこで、音素の組み合わせやタイミング、音の長さを調整しながら、目指す歌い方に近づけていきました。

音素の組み合わせを見直す

例えば、英語の「roses」では、子音の聞こえ方を確認しました。

日本語のカタカナ表記に近い発音ではなく、英語らしい有声音の響きが残るように、必要な音素を調整しています。

また、「were」では w eh ax という音素の組み合わせを使用しました。

「fire」についても、fi と uh を使った発音に調整しています。

これらは、今回の楽曲で原曲の歌唱に近づけるために試した方法です。

英語の一般的な発音を一つの設定で再現するというよりも、実際に歌われている音を聴きながら、そのフレーズに合う発音を探していきました。

日本語の歌唱についても、普段の制作と同じように「おう」系の発音を必要に応じて調整しています。

子音を消さずに、存在感を調整する

英語の調声でもう一つ気になったのが、語尾の子音です。

s、z、f などの子音が、歌声の中ではっきり聴こえすぎることがありました。

子音だけが強く主張すると、なめらかに続いているフレーズの中で、語尾が少し目立ってしまいます。

かといって、その子音をなくしてしまうと、今度は言葉として不自然に聞こえます。

そこで今回は、子音そのものは残しながら、音素のエネルギーを下げる方法を取りました。

一部の語尾では、初期状態からおよそ半分程度までエネルギーを下げています。

こうすることで、言葉の輪郭を保ちながら、子音だけが必要以上に目立たないように調整しました。

発音させるか、させないかだけではなく、どの程度の存在感で発音させるか。

その違いも、自然な歌声を作るうえで大切だと感じています。

英語のリズムについても、原曲を聴きながら音素の位置や長さを調整し、言葉が流れるようにつながることを意識しました。

吸気ブレスは、必要な場所に控えめに

二音一幕では、普段の制作で吸気ブレスを頻繁に使用することはありません。

歌声の輪郭を保ち、比較的クリアな歌唱を基本としているためです。

ただ、今回は原曲の息遣いを聴きながら、何か所かに意図的な吸気ブレスを入れてみました。

フレーズの途中で息を吸うことで、言葉に入る前のわずかな間や、感情の区切りが生まれます。

特に終盤では、短い無音の後に吸気ブレスを置き、次の言葉へ入る流れを作りました。

一方で、追加したブレスがはっきり聴こえすぎると、普段の二音一幕の歌唱とは印象が変わってしまいます。

そこで、ブレスのエネルギーについても、初期設定のままではなく、少し控えめに調整しています。

原曲の息遣いを参考にしながらも、マキさんの歌声に自然になじむ程度にとどめる。

今回のブレスは、そのような考え方で配置しました。

歌声の余韻を残すため、2つのボーカルトラックを使用

今回の制作では、弦巻マキさんのボーカルを2トラックで運用しています。

理由は、曲の終盤にあるフレーズの重なりを表現するためです。

終盤には、一つのフレーズで音を伸ばしている途中に、次のフレーズが始まる箇所があります。

一つのトラックだけで制作すると、前の音を終えてから次の音へ進む形になり、伸ばしていた歌声の余韻が途中で途切れてしまいます。

そこで、一方のトラックで前のフレーズを伸ばしたまま、もう一方のトラックで次のフレーズを歌い始める構成にしました。

これにより、前の言葉の余韻を残しながら、次の歌唱へ自然につなぐことができます。

2つのボーカルトラックには、同じVocal Style、EQ、リバーブSendなどの設定を使用しています。

声の音色を変えたり、常に二重唱にしたりするためではなく、一つの歌声では同時に表現しにくいフレーズの重なりを作るための構成です。

短い部分ではありますが、曲の終盤の流れを大切にしたかったため、この方法を採用しました。

ピアノは、静かな夜に寄り添うように

ピアノには、二音一幕の他作品と同じく「Acoustic Piano – Ballad」を使用しています。

今回の基本設定は以下のとおりです。

項目設定
テンポ73 BPM
キーD♭
ピアノ音域A♭0〜F5
mpのVelocity基準72
mfのVelocity基準80

今回のピアノでは、悲壮感を強く出すよりも、静かな夜に寄り添うような演奏を意識しました。

マキさんのまっすぐな歌声を支えながら、落ち着いた雰囲気を作っていく役割です。

Velocityについては、楽譜に記された強弱をMIDI上で表現するため、mpを72、mfを80という基準にしています。

ただし、基準値を決めて終わりではありません。

楽譜に記された音楽の流れをもとに、実際の響きを聴きながら必要な部分を調整しています。

今回、特に意識したのが、2小節にまたがるディミヌエンドです。

ディミヌエンドは、音を次第に弱くしていく演奏指示です。

一度に音量を下げるのではなく、2小節という長さの中で、少しずつ演奏の力を抜いていく。

その変化をVelocityで表現しました。

ピアノの強弱が急に切り替わるのではなく、音楽の流れに沿って自然に静まっていくことを大切にしています。

EQで整えた、マキの声とピアノの距離感

今回も、ボーカルとピアノにはそれぞれEQを使用しています。

単に音を明るくしたり暗くしたりするのではなく、歌声とピアノが重なったときの聴こえ方を確認しながら調整しました。

弦巻マキのEQ

「恋に落ちて」の弦巻マキの歌声に使用したEQ設定画面

マキさんのEQでは、100 Hz以下をローカットし、250 Hzを-2.0 dBに調整しています。

中域では450 Hzを+1.5 dB、1.2 kHzを-1.5 dBに設定。

さらに3.2 kHzを+2.5 dB、10 kHzの高域シェルフを+2.0 dBとしています。

今回のVocal Styleでは、Whisperを下げてTwangyを上げ、歌声の輪郭を大切にしました。

EQでも、声の聴こえ方を確認しながら、明瞭さと柔らかさのバランスを整えています。

ピアノのEQ

「恋に落ちて」のピアノに使用したEQ設定画面

ピアノでは、23 Hz以下をローカットし、80 Hzの低域シェルフを-2.0 dBに設定しています。

また、350 Hzを-3.5 dB、700 Hzを+1.5 dBに調整しました。

3.2 kHzは-3.0 dB、8 kHzの高域シェルフは-2.5 dBとしています。

興味深いのは、マキさんの声では3.2 kHzを持ち上げているのに対し、ピアノでは同じ周辺を下げていることです。

それぞれの音源が持つ響きは異なりますが、結果として、歌声の輪郭を保ちながらピアノを落ち着いた音色に整える方向の設定になっています。

今回のピアノには、明るさを前面に押し出すよりも、夜の室内で静かに響くような音を求めました。

短めのRoom Reverbで、室内の空気感を作る

「恋に落ちて」の歌声とピアノに使用したRoom Reverbの設定画面

今回のリバーブには、Room Reverbを使用しています。

主な設定は以下のとおりです。

項目設定
TypeRoom
Pre Delay15 ms
Length600 ms
Size4.0 m
Dampness70%
Distance0.20 m
ピアノSend-12 dB
マキSend-18 dB

残響時間は600 msと、比較的短めの設定です。

今回の情景は、広いホールでの演奏ではなく、静かな夜の室内。

そのため、長い残響で空間を大きく見せるよりも、声とピアノが近くで鳴っているような感覚を大切にしています。

また、リバーブへのSendは、ピアノを-12 dB、マキさんを-18 dBに設定しています。

ピアノの方を多めにリバーブへ送り、歌声は比較的直接音を中心に聴かせるバランスです。

マキさんの若々しく明瞭な歌声を保ちながら、ピアノの響きで室内の空気感を支える。

そんな組み合わせを意識した音作りになっています。

なお、今回のリバーブには、専用のEQを追加していません。

ミックスとマスタリング

最終的な音量と定位のバランスは、以下の設定です。

項目設定
ピアノ音量0 dB
マキ音量-5 dB
ピアノPanL65 / R65
マキPanCenter(C0)

ピアノを左右に広げ、歌声を中央に配置する、二音一幕で基本としている構成です。

声とピアノがそれぞれの位置で自然に聴こえるよう、全体のバランスを整えています。

リミッターの設定

最終段では、リミッターを使用しています。

設定はGain +5.5 dB、Ceiling -1 dB、Threshold -1 dB、Bモード、Attack Normal、Release 220 msです。

ただし、今回のゲインリダクションは 0.00 dB でした。

測定中にリミッターによる音量抑制は発生しておらず、音量を強く押さえ込む処理にはなっていません。

ラウドネス測定

「恋に落ちて」弦巻マキとピアノの完成音源をYoulean Loudness Meter 2で測定した結果

完成音源をYoulean Loudness Meter 2で測定した結果は以下のとおりです。

測定項目結果
Integrated Loudness-18.2 LUFS
Loudness Range5.7 LU
Dynamics(PSR)9.3 LU
Avg. Dynamics(PLR)14.5 LU
Momentary Max-13.6 LUFS
Short-term Max-15.3 LUFS
True Peak Max-3.7 dBTP

統合ラウドネスは-18.2 LUFSとなりました。

今回も、数値を特定の大きさへ揃えることより、曲の雰囲気や自然な強弱を大切にしています。

静かな部分と歌声が前に出る部分の違いを残しながら、マキさんの歌声とピアノを一つの演奏として仕上げました。

おわりに ― マキらしい、まっすぐな恋心

今回の「恋に落ちて -Fall in love-」は、弦巻マキさんの歌声について、新しい発見のあった作品でした。

最初は、バラードらしいしっとりした歌声を目指してWhisperを増やしてみました。

しかし、実際に聴いてみると、今回描きたい恋心には少し違うように感じられました。

そこでWhisperを下げ、Twangyを上げる方向へ調整したことで、マキさんの若々しさや、まっすぐな声の魅力が見えてきました。

その一方で、英語の語尾や吸気ブレスは、必要以上に強調せず、控えめに整えています。

歌声の輪郭は大切にしながら、細かな発音や息遣いは自然になじませる。

その組み合わせが、今回のマキさんに合っていたように思います。

原曲の息遣いや歌唱リズムを参考にしながらも、弦巻マキさんならではの恋心として描く。

静かな金曜日の夜。

離れた場所にいる大切な人を、温かな気持ちで想っている。

そんな一幕を、歌声とピアノで表現しました。


使用楽譜

電子楽譜カノン「恋に落ちて -Fall in love-」

制作クレジット

Vocal:Synthesizer V 2 AI 弦巻マキ
Vocal Tuning:二音一幕
Piano Programming:二音一幕
Mix / Mastering:二音一幕
Visual Direction / Editing:二音一幕
Illustration:AI生成画像を使用し、作品ごとに構成・調整

声とピアノで、ひとつの物語を。

二音一幕

記事URLをコピーしました